「何もしないのが一番のリスク」と言われました。運用すべきでしょうか?
皆さんから寄せられた家計の悩みにお答えする、その名も「マネープランクリニック」。今回のご相談者は、55歳の女性の方。20年以上前にご主人が亡くなり、以来、一人でコツコツと資産を積み上げてきました。昨年、勤務先を退職し老後生活がスタートしましたが、FPからインフレ対策として運用を勧められ、悩んでいるとのこと。ファイナンシャル・プランナーの深野康彦さんがアドバイスします。投資をしないと資産が目減りしてしまう?
なんでもアナリストさん(仮名)
女性/無職/55歳
東北地方/持ち家・マンション
■家族構成
一人暮らし
■相談内容
17年間勤務した会社を昨年に退職し、現在、遺族年金と貯蓄を取り崩して生活をしています。悩んでいるのは、退職後のお金の使い方です。
数人のFPさんに相談したことがありますが、特別増やさなくてもいいが、インフレ対策目的で、お金の寿命を延ばすために変額保険をやったほうがいいとの診断でした。何もしないのが一番のリスクで、30年後には資産が半分になるとのアドバイスでした。確かに定期預金や個人向け国債などの比率が高いです。
ただ、変額保険も保険会社の手数料が高額なので納得いきませんし、投資信託はプロが作ったものなのにマイナスになることもありますし、こちらも納得いきません。
私の性格上、特に何かに資産を預け替えることなく生きていけるのなら、何もしなくてもいいのではないか?とも考えております。
もう旅行にも興味はありません。高価な時計やバッグもたくさん所持していますが、むしろ元気なうちに買取業者さんに売却し、欲しい方のところで役にたったほうがいいと思っております。食べることに一番興味がありますが、年齢とともに食も細くなるかと思います。
老後には後見人などが必要になるかもしれません。しかしその費用ももったいないと思いますので、頭がしっかりしている今から計画的に自分で財産をちょうどよく使い切り、この世を去るのが希望です。また、贅沢をしようと思えばいくらでもできますが、無駄な出費はもったいないと考えるタイプです。
それと、15年前に終身の介護保険に加入しました。保障内容は介護年金額130万円、死亡保障1300万円。一時払い済みです。
こちらの保険もある程度切り崩して生活費としたほうがいいのか?それとも介護費用としてそのまま置いておいたほうがいいのか?なども悩んでおります。
どうか診断をよろしくお願いいたします。
■家計収支データ ■家計収支データ補足
(1)住宅コストの内訳
マンションは10年前に新築物件を現金で購入。管理費8500円、修繕積立金7100円、固定資産税1万3000円(月割り)、インターネット使用料1300円程度など。
(2)15年前に加入した介護保険(民間)について
一時払い保険料975万円。
主契約=介護年金額130万円、介護一時金130万円、死亡給付金最大1300万円(死亡時に1300万円から支払い済みの介護年金、介護一時金を差し引いた額を支給)
解約返戻金例=60歳で1140万円、65歳で1207万円、70歳で1269万円、75歳以降で1300万円
(3)家族について
相談者自身には子どもはいない。両親はすでに他界。兄弟姉妹は姉が一人いて、結婚はせず、子どももいない。
(4)今後増えると思われる生活費
マンションの管理費と修繕積立金、ほぼ自宅にいるため水道光熱費、通勤費はもうないため交通費、国民健康保険料など。
(5)老齢年金支給額
年金事務所での計算結果は、老齢基礎年金・老齢厚生年金・遺族厚生年金の合計が年額約136万円(国民年金保険料を60歳まで支払う場合)。
(6)投資経験について
相談者コメント「独身時代は投資では、バブルがはじけて痛い目に遭いました。株主優待目的で株を始めました。もともと投資に興味がある性格でしたので、FXもやってみましたが、為替の値動きの恐ろしさを思い知らされました。結局、トントンで終わり口座も解約しました。もうすべての投資から卒業しようと思いました」
■FP深野康彦の3つのアドバイス
アドバイス1 新たな投資も変額保険の加入も必要性はない
アドバイス2 介護保険は解約するほうが合理的
アドバイス3 納得できる資産の使い道を考えたい
アドバイス1 新たな投資も変額保険の加入も必要性はない
まず、ご相談の退職後のお金の使い方についてですが、ご自身に資産運用への興味や、今後積極的に行っていきたいという希望がないなら、あえて新たな投資も変額保険の加入もする必要はないと考えます。キャッシュフローを見ていきます。
現在の収支ですが、いただいたデータでは年間の支出が193万円。ざっと200万円として、年収(遺族年金)が56万円ですから、貯蓄からの取り崩しは年間で144万円。老齢年金支給までの10年間で、途中、国民年金保険料の支払いがなくなりますが、一方で不測・不定期の支出も想定されますので、トータルでざっと1500万円とすると、65歳の時点で、手持ち資金は6900万円となります(投資商品の評価額は変わらないとする)。
老齢年金の支給額は額面で年間136万円ほどとのことですから、手取りで110万円台半ばでしょうか。生活費が今と変わらないとすれば、年間50万円前後の赤字。100歳までの取り崩し額は1750万円となります。その間に想定される、住宅の修繕・リフォーム費用や医療費、その他の不定期支出を加算しても、一般的には2500万円もあれば十分なのでは。それを手持ち資金から差し引くと、まだ4400万円ほど余ることになります。
FPの方に相談されて「30年後に資産が半分になる」と指摘されたとのこと。確かに物価高、インフレは懸念材料ではありますが、仮にその結果、資産が半分になったとしても、100歳のときにまだ2000万円以上手持ち資金があるわけですから、「資金面では老後には不安はない」と考えていいと思います。
したがって、わざわざリスクを取ってまで投資を行う必要はありません。ましてや、資金の目減りの対策に変額保険を推奨することには、疑問を感じます。そもそも死亡保障の必要性がない状況で、なぜ保険商品なのか。しかも、保険商品は保険料の全額が運用に回るわけではありません。投資商品としては効率が良くないのです。もちろん、外貨建て保険も含め、解約返戻金や満期金に元本割れリスクがあります。
ご相談者のなんでもアナリストさんも「(資産運用などは)何もしなくていいのでは」と言われていますが、まさにそのとおりだと思います。
アドバイス2 介護保険は解約するほうが合理的
次に、解約すべきか悩まれている、民間の介護保険について。要介護となれば、この保険加入によって、かかる費用がかなりカバーできると考えられます。ただ、公的介護保険も利用できるため、介護についてかなり手厚い状態になっています。しかし、どの程度の介護が将来必要になるかは不確定です。一方、この保険を中途解約されても、60歳で1140万円、75歳以降なら1300万円の解約返戻金が得られますから、例えば施設に入所するなど、まとまった介護費用が発生すれば、解約返戻金をその原資にすればいいわけです。また、介護費用がさほど発生しなければ、老後資金として先の試算にさらにこの解約返戻金を加算できます。したがって、合理的に考えれば、介護保険はタイミングを見て解約されていいのでは。
アドバイス3 納得できる資産の使い道を考えたい
ともあれ、金融資産、受給される年金額、なんでもアナリストさんの生活意識や実際の生活費を見る限り、資金が不足することは考えにくいでしょう。むしろ「使い切れない」という事態にどう対処していくのか、ということのほうが気になります。なんでもアナリストさんに万が一のことがあった場合、現在、遺族となるのはお姉さんだけ。ただ、お姉さんに婚姻歴はなく、子どももいませんので、財産を受け継ぐ遺族がまったくいなくなる可能性もあります。
故人が遺言書を残さず亡くなり、かつ民法で定める法定相続人がいない場合、原則として、故人の遺産は国庫に帰属されます。それでもいいというのであれば、特に対処の必要もないでしょう。また、「頭がしっかりしている今から計画的に自分で財産をちょうどよく使い切りたい」と言われていますので、そうなれば心配は無用ですが、同時に「無理に贅沢な出費をすることはもったいない」とも思われているようです。そのあたりを、気持ちの部分も含めてどう整理していくかでしょうか。
まだ時間はありますので、お金の使い道はについてゆっくり考えてみてもいいと思います。使い切る以外には、遺贈(法定相続人以外の誰かに財産を譲ること)や、寄附といった形もあります。せっかく自身の手で積み上げた資産ですから、納得のいく形を見つけてほしいと考えます。
相談者「なんでもアナリスト」さんから寄せられた感想
大ファンである深野先生からのアドバイスをいただけましたことを、最初に感謝申し上げます。今後のお金の使い方につきまして、資産の多くをそのまま金融機関に『ただ置いてあるだけ』であり、なんとなく不安でした。FPさんにご相談しましたところ、インフレの話で煽られもっともっとわからなくなってしまいました。そこで今回、中立の立場でいらっしゃるマネープランクリニック様にご相談させていただきました。
深野先生の「保険商品の目的とは?」の説明を拝読し、シンプルに保険の役割を思い出させていただけましたことで、すっきりしました。介護保険についても現在介護についてかなり手厚い状態になっているとのことですので、今後様子をみながら解約しようと思います。また、焦る必要がないこともわかりましたので安心しました。
「納得できる資産の使い道を考えたい」、こちらが実は最大の肝と感じました。
人生相談のようなアドバイスをいただきましてありがとうございました。今まで『将来何かあったら大変』と暗い考えばかりでした。これからは積み上げた資産の『納得のいく形』を見つけ、有効に使っていきたいと思います。もやもやした気持ちは晴れ、視野が明るく広くなりました。
深野先生にはお金のことだけではなく、私の人生をも考え合わせ、親身にアドバイスをしてくださったことに深く感謝いたします。心温かい深野先生に今回診断をしていただきまして、感謝を超えて感動しております。本当にありがとうございました。
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教えてくれたのは……
深野 康彦さん
マネープランクリニックでもおなじみのベテランFPの1人。さまざまなメディアを通じて、家計管理の方法や投資の啓蒙などお金まわり全般に関する情報を発信しています。All About貯蓄・投資信託ガイドとしても活躍中。著作に『55歳からはじめる長い人生後半戦のお金の習慣』(明日香出版社)、『あなたの毎月分配型投資信託がいよいよ危ない!』(ダイヤモンド社)など
取材・文/清水京武