手っ取り早く稼ぐしかない
はじめはファミレスで働いた。1日5時間、立ちっぱなしの労働は体にこたえたが、彼女はまじめに働き続けた。だが日に日に疲労がたまっていく。「半年ほどたったころ、仲良くなったパート仲間が辞めたんです。その後、『もっと効率のいい仕事があるわよ』と連絡をくれた。彼女、ファミレスを辞めてキャバクラで働き出したんですって」 いわゆる「昼キャバ」である。コロナ禍で廃業となったキャバクラも多い中、パート仲間が勤めたのは感染対策も万全と謳って、夜も昼も営業していた。
「抵抗がないわけではないけど、とにかく短時間で稼げるならと面接を受けました。幸い合格、時給が倍以上になったのでシフトもゆるめに組んでもらって家庭と両立することができるようになりました。でも夫には言えませんでしたね。黙っているのは罪悪感があったけど、仕事は仕事。誰に恥じることはない。接客業は向いていないと思っていましたが、案外、楽しく働くことができました」
だが1年ほどたったころ、店でついた客に「あれ?」と本名を指摘された。「人違いですよ」と言ったが、夫の会社の同僚だったと思い当たった。
「結婚式のときとその後1回、合計2回しか会ってないのに、彼は営業職で人の顔を覚えるのが得意だと語っていました。明らかに私を認識していた。私は人違いで通したけど夫には伝わるだろうなと思いました」
その同僚は帰り際、アサコさんにチップをくれ、「奥さんも大変だよね。彼の風俗通いのツケが回ってきたんでしょ」とニヤッと笑った。
「私、騙されていたんだとわかりました。夫の借金の理由は見栄だけではなく、風俗の女性に入れあげたからだったんです。脱力感に見舞われました。こんなに頑張って働いている自分がバカみたいだと思った」
案の定、夫は同僚から聞いたようで「いくらなんでもキャバクラはないだろ」とその晩、アサコさんを責め始めた。
「私、バカよね。夫の風俗通いの尻拭いをしているなんてと言ったんです。夫は目を白黒させてしどろもどろになりました。これほどバカにされたのは生まれて初めてだと言うと、いや、違うとさらにもごもご。すべて正直に話せと詰め寄ったら、特定の風俗嬢に入れあげたあげく逃げられたこともわかりました。離婚するしかない。そのときはそう思ったんです」
だが離婚して実家もない自分がどこへ行くのか。新しい生活を始める初期費用もない。夫からでてくるとは思えなかった。保証人ではないから夫の借金、しかも夫が自分だけのために借りたお金など払う必要もないのに、彼女は昼キャバをやめなかった。
「お店が自分の居場所みたいになっていった。みんなそれぞれ事情を抱えて働いているし、仲良くなった人もいて辞めたくなかったんです」
借金を返済しはじめて1年半。夫は早く帰るようになり、パソコンを使った副業も始めたようだ。月に2、3万になるから小遣いはいらないと夫が言った。
「やっときちんと反省したようです。娘のためのお金だけは手をつけていなかったから、そこだけは評価しました(笑)。こんなしょうもない男と結婚してしまったのも私の運命とあきらめています。ただ、夫がずっと低姿勢だし、週末は家事をほとんどこなしてくれるので、私も気持ちを切り替えようと思えるようになりました」
諸手をあげてよかったといえる状態ではない。あと2年半、健康に気をつけて働き続けなければすぐに借金返済が滞ってしまうし、そもそもの原因について彼女は夫を許しているわけでもない。
「それでもなんとか家族3人で暮らしていこうとは思っています。娘が成人するまでは」
その後のことは、そのとき決めよう。アサコさんはそう考えている。