お薬手帳のメリットは? なぜ薬局で提示を求められるのか
お薬手帳はなぜ必要?
「お薬手帳」は、自分が使っている薬の名前・量・日数・使用方法などを記録できる手帳のことです。でも、何のために必要なのか理解できない、とくに役に立ったことがないので別に要らないと感じる方もいらっしゃることと思います。
そこで今回は、どうして「お薬手帳」が大切なのか、どのようなメリットがあり役立つのか、意外な活用法などについて、詳しく解説します。
お薬手帳はいつから始まった? きっかけになった「ソリブジン事件」とは
自分の子どものころを思い出してみると、「お薬手帳」などというものはなかったように思います。つまり、あるときから利用されるようになった制度です。日本で「お薬手帳」ができたのは、実はある薬害事件がきっかけでした。それは、1993(平成5)年に起きた「ソリブジン事件」です。
ソリブジンは、1979(昭和54)年にヤマサ醤油によって新しく合成され、ヘルペスウイルスに対して高い効果を発揮したことから、帯状疱疹の治療薬として開発された薬です。日本では、1993(平成5)年9月に日本商事から発売されました。しかし、発売後1か月足らずで、フルオロウラシルという抗癌薬と一緒にソリブジンを用いた患者さんに重い有害作用(骨髄抑制)が発生し、10数名の死者を出す事態となったのでした。言うまでもなく、ソリブジンは間もなく販売中止となりました。薬の副作用が問題になることは決して珍しいことではありませんから、予期しない形で発生したのであれば「事故」とみなせますが、この場合は「事件」として扱われたのには理由があります。
実は、ソリブジンの有効性と安全性を事前に確認するために行った、申請前の臨床試験において、ソリブジンとフルオロウラシルを併用した3名の方が既に亡くなっていたのでした。その事実は、製薬メーカーによって把握され、承認申請書類にも記載されていたのですが、抗ウイルス効果の高いソリブジンに寄せる期待の方が大きかったためでしょうか、リスクが懸念されていたにも関わらず、申請はそのまま認められてしまいました。しかも、リスクがあることは、薬の説明書である「添付文書」中に目立たない小さな文字で記されていたのみで、十分に注意喚起されていたとは言えませんでした。そして、発売後に、起こるべくして犠牲者が出てしまったというわけです。
しかも、死亡例が報告されてすぐに製品を回収すべきだったのに、会社は利益を優先させて販売を続けたために、その間にも新たな犠牲者が増えていきました。おまけに、その後の調査で、死亡例が報告された後から事実が公表されるまでの間にソリブジンを販売していた会社の社員が同社株を売却したことで、インサイダー取引が疑われたのでした。これは、患者の命を無視した人々が起こした「事件」と言わざるを得ません。
「ソリブジン事件」によって、いろいろな意味で、医薬のありかたが問われました。その中で、ソリブジンとフルオロウラシルを一緒に使ってはいけないことが分かっていたのに、どうして実際に併用してしまう患者さんが出てしまったのか、という点にも注目が集まりました。
一つの可能性としては、ある病院でフルオロウラシルでがんの治療を受けていた方が、ウイルス感染したために別の病院を受診して、そこでソリブジンを処方され、リスクに気づかず両薬を一緒に使ってしまったということです。当時は、他の病院や薬局でもらって使っている薬のことを患者さん自身が申し出ない限り、そのことは分からなかったために、こういうことが起きてしまったのでした。
そこで、二度と同じ悲劇を繰り返さないために考え出されたのが「お薬手帳」だったのです。患者さんが過去もしくは現在使っているすべての薬の情報が記された手帳を常に持参してくれれば、これから新しく使うことになる薬のリスクを事前にチェックできるというわけです。
阪神大震災で価値が分かったお薬手帳の価値…全国的な普及へ
ソリブジン事件を教訓に使われ始めた「お薬手帳」でしたが、なかなか普及しませんでした。何のために必要なのかが一般の方にはなかなか理解してもらえないうえ、いちいち「お薬手帳はお持ちですか」と聞かれて面倒に感じる方が多かったようです。しかし、思わぬところで「お薬手帳」の価値が見出されました。1995(平成7) 年に起きた阪神淡路大震災では、多くの人々が被災し、避難を強いられました。しかも、地域の病院や薬局も機能停止状態となり、糖尿病や高血圧などの持病をかかえて薬が必要な方が、自分の病気や薬がほとんど分からないために、治療を継続できないという問題が起きました。しかし、たまたま「お薬手帳」を身につけていたごく一部の方だけが、病院を受診しなくても特例的にそれまでと同じ薬を受け取ることができたのでした。これをきっかけに、いざというときの「お薬手帳」の価値が認知されるようになり、利用が全国的に広まっていきました。
お薬手帳を断るのは損? 手数料・自己負担金の現在…うまく利用した方がお得
病院を受診して発行してもらった薬の処方箋を薬局に持って行ったときに、処方箋とともにお薬手帳を出すと、そこに病院名、薬剤名、用法用量、服薬日数などの記録(多くの場合は印刷したシールの貼り付け)をしてくれます。当初は、一部の病院や調剤薬局におけるサービス(無料)として始まった取り組みですが、2000(平成12)年に厚生労働省の正式な制度となってからは、調剤報酬(薬剤情報提供料の手帳記載加算)が与えられるようになりました。つまり、お薬手帳を発行し、提供した薬の情報を手帳に記載することで、薬局は利益(銀行の手数料のようなもの)を得られるようになったのです。このことは、お薬手帳を積極的に活用する薬局が増えることにつながりましたが、患者の立場からすれば、支払う薬代が少し高くなる結果となり、そのことを知った患者の中には「お薬手帳は要らない」と考えてしまう方もいたかもしれません。
そこで、お薬手帳の活用と診療報酬のありかたについては、幾度かの見直しが行われ、2016(平成28)年からは、「お薬手帳を6ヶ月以内に同一薬局に持参した場合に患者の自己負担代金が安くなる」ように改められ、現在に至っています。つまり、今は、お薬手帳を持参した方が薬代が安くなるようになりました。しかも、違う病院を受診したときでも、いつも同じ薬局(いわゆる「かかりつけ薬局」)に処方箋を持って行って薬を提供してもらい、その都度お薬手帳へ記録してもらうようにしたほうがお得なので、そうしましょう。
お薬手帳に自分で自由に書き込みOK! 記入して積極的に活用を
お薬手帳は、病院や薬局で書いてもらうものと思っている方が多いと思いますが、実は、自分の病気や薬に関することを、自分で自由に書き込んでも構いません。たとえば、風邪をひいたときに病院は受診せず自分でドラッグストアで買って利用した市販薬の情報や、日常的に利用しているサプリメントや健康食品がある方は、商品名や利用歴などを自分で手帳に書いておくとよいでしょう。市販薬やサプリメントの中には、病院でもらった薬と併用しない方がよいものもあります(詳しくは「飲み合わせによっては危険?注意すべきサプリ・トクホと医薬品の組み合わせ」も読んでください)ので、自分で忘れないようにお薬手帳に書き込んでおけば、リスクがないかを薬剤師さんが確認してくれます。
また、アレルギーの有無や、過去にかかった病気、体調の変化なども、可能な限り書き込んでおくと、薬局でいろいろなアドバイスをしてもらえます。特に薬物アレルギーは、1度目より2度目のほうが強くなることがあるので、注意が必要です。
お薬手帳は、自分の健康を守るのに有益なツールであると心得て、積極的に活用しましょう。