人間関係

「死んでもなお私を睨む父親が許せなかった」。私を愛してくれなかった父への消えない憎悪

【毒親の毒は消えない #5】おまえがよそったメシなんか食えるか、と、幼い娘に茶碗を投げつけるような父だった。私はなぜ父に愛されなかったのか……。30代女性が、今も心の奥にあるどろどろした親への思いを語った。

亀山 早苗

執筆者:亀山 早苗

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「毒親」というと母と娘の関係が取り沙汰されがちだが、父と娘でもモヤモヤしたものを抱えたまま大人になる女性はいる。
 

母と同一視されていたのかも

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「うちの両親は仲が悪かったんです。父が一方的に母を怒鳴りつける場面をしょっちゅう見てきた。母は母で、私を愚痴のはけ口にしていた。だから幼いころは、父が悪いんだと思い込んでいました」

そう話してくれたのは、カナコさん(39歳)だ。兄ふたりの末っ子で初めての女の子だったが、父にかわいがられた記憶はない。

「父は不機嫌になると、3カ月くらい口をきかなくなるんです。だから父が不機嫌にならないよう、いつも顔色をうかがっていた。それは母も同じだったのかもしれません」

兄ふたりは年が離れていることもあり、両親に対してそうした気遣いをしているようには見えなかった。子どもにあまり関心のなさそうな父も、ときおり兄たちには話しかけていた。

「野球や釣りの話ができたから、兄ふたりはそれなりにコミュニケーションがとれていたような気がします」

彼女の記憶に残っているのは、遅く帰った父のために母が夕飯を温め直しているときのことだ。早くご飯を出したほうがいいと考えたカナコさんは、茶碗にご飯をよそって父に出した。すると父が彼女にその茶碗を投げつけたのだ。

「おまえがよそったメシなんか食えるか、と。ご飯が飛び散り、私は泣き出しました。母は淡々とそれを片付け、自分がよそって出しました。今思えば、父と母の関係に問題があり、私はとばっちりを受けただけ。でもそのときはふたりから無視されていると思い、あまりの孤独感に涙が止まらなかった。小学校に入る前だったと思う」

小学2年生のときは遠足から帰ってきて、楽しかったことを話そうとしたら、その日、ぎっくり腰になった母から延々と愚痴を聞かされた。帰宅した父は、腰痛で夕飯をきちんと作れず焼き魚と卵焼きくらいしかない食卓を見て激怒。母を殴りつけた。母は家を出て行き、それを目の当たりにしたカナコさんは泣きながら夜を明かした。

「母は行くところもなかったんでしょう、未明には帰ってきました。その後の記憶はあまりないんですが、いつの間にか日常に戻っていた。両親から私へのケアはありませんでしたね」

父を憎む気持ちがいつしかたまっていった。
 

突然、父は死んでしまった

それ以来、ほとんど父とは言葉を交わさなかったカナコさん。何かの折に一度だけケンカになり、人権を軽視する父の姿勢を非難したら、「女子どもに人権なんかない」とわめかれた。とっさに包丁を持ちだしたこともあるが、「あんたの人生を台無しにするよ」と母に止められた。それだけは今も母に感謝しているという。

「大学には行かせてもらいましたが、家にはほとんど帰らず、友だちのところを転々としていました。卒業して就職したときも、父はどこに就職したかも聞いてこなかった。すぐにひとり暮らしを始めたんですが、それでも最初の給料をもらったとき、両親の好きな和菓子を買って帰ったんです。けっこう高級なのを予約したんですよ。母は一応、喜んでくれましたが、父は見るなり『おまえが買ったのか』と言っただけで手をつけませんでした」

なぜ自分が父に愛されないのかわからなかった。そういう人だと思うしかなかった。ひょっとしたら父の子ではないのかもしれないと思ったこともあるが、どうやらそれはなさそうだ。そうだったらずっと気が楽だったかもしれない。

「社会人になってから、父と同じ世代の人と立て続けに不倫しました。父への復讐心だったのかもしれません。でも彼らは優しかった。子どもの話もよく聞いたけど、みんな子どものことは本当に愛している。家族を愛しながら不倫する男もどうよとは思いましたが、愛という感覚が欠落している父よりはマシなんじゃないかとも感じていました」

27歳のころ、つきあっていた恋人からプロポーズされたが、彼女は結婚が怖いと断ってしまう。自分の育った家庭を思い出すと、どうしても踏み切れなかった。長兄は結婚したものの離婚、次兄は大学を中退してあちこち放浪していたが、現在、行方がわからない。

「30歳になったとき、自分の人生を総括しないと前に進めないと思い、父と正面から話してみようと思ったんです。父もすでに定年になって家にいたので、久々に週末帰ると連絡もして……。そうしたら帰るはずの前日、母から連絡があって父が急死した、と」

68歳だった。朝起きてこないので母が見に行ったら息をしていなかったという。どうやら心筋梗塞だったらしい。

「動かなくなった父を見て、ああ、私は父の声を覚えてないなと思いました。それほど長く会話をしてなかったんでしょうね。うっすら目が開いていたのですが、葬儀屋さんが『あれ、さっきまで目を閉じられていましたが……』と、私に目を閉じるよう言ったんです。まぶたを上からすっと撫でてあげてください、と。でも私が何度やっても薄目で私をにらんでいる。だんだん腹が立ってきてまぶたを爪で思い切り押したら跡がついてしまった。何してるんですかと葬儀屋さんに怒られました。死んでもなお私を睨む父親が許せず、そのまま立ち去りました。だから通夜にも葬式にも出ていないんです」

父のことは忘れようとしてきた。実際、忘れていることがほとんどだ。あんな人から何も影響は受けていない。そう思っているが、30代での恋愛はうまくいかないことが多い。

「恋愛相手は父親とは違うとわかっているけど、男であるというだけで最初から不信感を抱いているのかもしれません。恋愛はいつも短期間で終わってしまう。仕事は楽しいし、女友だちとはいい関係が築けるんですけどね……。父と対決したくても相手がこの世にいないのだからどうにもならない」

カナコさんは明るくてとても感じのいい女性だ。だが、心の奥に常にどろどろした親への思いを抱えているから、いざ結婚となるとそれが漏れ出てくると本人は言う。

「以前、やはり親への憎悪みたいなものを抱えた人とつきあったことがあるんですが、同病相憐れむみたいになって、より精神的にきつかった。お互いの思いがわかるだけに、自分の憎悪が倍になる。結婚も出産ももういいやと今は思っています」

それでもいつか、一緒にいると心が安らかになるパートナーは見つけたい。カナコさんは明るく「希望だけは捨てたくないですから」と笑った。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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