映画館では確かに「好みの席」は人それぞれ。どちらかが相手に譲って我慢するのではなく、それぞれが好みを通すことに共感を覚えた人も多いようだ。 なかには「なんのためにふたりで行くの?」というコメントも。だが、映画鑑賞中はしゃべらないし、鑑賞後に食事でもしながら話すこともできる。ふたりで行く意味はある。もっとも、映画も舞台もひとりで行くほうが集中できるという人もいる。相手とそのあたりの価値観をすりあわせないと「単なるわがままな人」と思われる可能性もあるかもしれない。
ショッピングはひとりで
「うちは基本的に個人行動推奨です(笑)」そう言うのはマユコさん(40歳)だ。結婚して10年、8歳の子がいる。もちろん家族で楽しめる場所なら3人で行くが、そうでない場合は個人行動をとる。
「私は映画や舞台が大好きですが、これはひとりで行きます。自分のものを買うときもひとりで。夫婦といえども、お互いの趣味や好みは違いますから、わざわざつきあうのは時間のロスだと思うんです」
独身時代、当時恋人だった夫が靴を買いたいというのでつきあったことがある。ところが何軒も靴屋を回ったあと、最後には「今度でいいや」と言い、マユコさんはがっくりきた。
「その後、食事をしながら、『あなたは何のために私をショッピングにつきあわせたの?』と聞いたんです。そうしたら『似合うかどうか見てもらいたくて』と。だったら似合うと言った靴があったのにどうして買わなかったのかと尋ねると、『他にもっと似合うのがあるかもしれないと思って』と。そうやって私に無駄につきあわせるのを失礼だと思わないのかと尋ねてしまいました。怒っているわけじゃなくて、本当に不思議だったんです」
マユコさんは昔から、友だちと一緒にショッピングに行ったことはない。自分が買おうと思う物があるなら、ひとりで行って自分で判断する。そもそも他人の時間を自分のために使わせるのが心苦しくて、ゆっくり見ることもできないのだという。
「夫は夫で、私の考え方がよくわからなかったみたい。これもデートのひとつだと思っていて、マユコのときは僕が付き合うからって。そうじゃないのと説明し、そのときけっこうとことん話し合ったんですよね」
そこでお互いの違いを理解しあい、結婚につながっていった。
価値観をすりあわせる必要はない
結婚したら、お互いの価値観をすりあわせろと世間ではいわれている。だが、すりあわせて、お互いが妥協していたら双方に不満がたまるのではないだろうか。「そう。だから私たちは個人の価値観を曲げない方向で折り合っているんです」
日常生活の些細なこともそうだ。夫は味噌は白に限ると思っている。マユコさんは白味噌も好きだが、ときには赤味噌もと思うタイプ。だから自分が作るときは赤味噌のときもある。夫に「赤味噌だけどいる?」と聞くと、そのときによっている、いらないと答えが返ってくる。
「夫と娘はカラオケが大好きですが、私はそれほど好きじゃない。夫と娘ふたりで行くこともありますし、『ママも一緒に行こうよ』と娘に言われればつきあいます。そのかわり1時間だけよと条件をつけて。夫と娘ふたりだけのときは3時間くらい歌っているみたいですが、私はそこまでつきあいきれない」
自分がつきあえる範疇をきちんと告げる。もちろん娘には愛情をたっぷり注いでいるから、娘は「ママはカラオケ耐性の時間が短い」と判断しているようだ。その代わり、一緒に行ったときはマラカスを振ったり踊ったりと自分なりに応援しながら楽しむ。
「他人に不快感を与えず、強要もせず、だけどはっきり自分の意見を言うのはむずかしいと思います。でも娘にはそういうことができる大人になってもらいたい」
だから夫婦の会話は多い。ときに夜中に議論になって娘が起きてくることもあるが、今では「またふたりでギロンしてるの」とつぶやいて驚きもしなくなった。
「個人差を大事にしないと、誰かのストレスがたまっていく。そういう家族は息苦しいですからね。それだけは夫と意見が100パーセント一致しています」
マユコさんはそう言ってニッコリした。