「世襲」によって政治・国は腐るのか。世襲で生じるデメリットとは
国会議員が親族を秘書にすることは珍しくはありませんが、総理大臣秘書官となると少なく、近年では福田康夫元首相が息子の達夫氏を任用したのみです。また総理大臣秘書官は「特別職の国家公務員」となり、その立場に子を任命するのは、いわゆる「世襲」のひとつといえるため、公務員という視点からも問題がないかどうか気になるところです。
というわけで、今回は政治や国における世襲の問題点について考えます。
「一般職の国家公務員」と「特別職の国家公務員」の違い
最初に「一般職の国家公務員」と「特別職の国家公務員」の違いをおさらいしておきます。あまり知られていませんが、国家公務員には「一般職」と「特別職」があります。
一般職の国家公務員とは、私たちが通常「公務員」と呼ぶ職種のことで、「総合職」「一般職」「専門職」の3つに区分されています。特別職の国家公務員は、内閣総理大臣や国務大臣、裁判所職員、国会職員など。総理大臣秘書官もこれに該当し、現在、岸田首相の総理大臣秘書官は、「政務秘書官」2人、「事務秘書官」6人の計8人となっています。
今回岸田首相が息子の翔太郎氏を政務秘書官に任用したことに対し、一部から、採用試験を受けていないのに公務員の恩恵を受けるのは不公平だという趣旨の批判が出ていますが、それには若干の事実誤認があります。なぜなら一般職と特別職では制度に違いがあるからです。
一般職は「資格任用」といい、それぞれの区分ごとの国家公務員試験に合格すると採用されます。また一般職の公務員には「国家公務員法」が適用され、身分保障などの制度を受けます。
一方、特別職の公務員は通称「政治任用」といって、政権や内閣または大臣との関係など政治的な理由で採用されます。一般職とは異なり「国家公務員法」の適用対象外のため、身分保障等はありません。
つまり、「採用試験を受けていないのに公務員の厚遇を受けられる」という批判は、適当ではないといえましょう。しかし「公務員の厚遇」という観点以外からも「世襲」に関してはさまざまな問題点が指摘できます。
公務員の世襲が問題となった「特定郵便局」
特別職を除き、公務員は採用試験に合格した人が任用されますが、多数が縁故で採用され、国民から大きな批判を浴びた出来事がありました。記憶している人も多いかと思いますが、小泉政権時に起きた「郵政民営化問題」です。当初、民営化のきっかけは別の理由でしたが、国民の関心は途中から世襲問題に集中しました。当時の郵便局は国の機関で、従業員も公務員でしたが、その採用において抜け道があったのです。「特定郵便局」といって、地域の名士や地主に場所を提供させて設置された、全国の郵便局の約4分の3を占める郵便局において、局長が、その職を代々身内で回していたのです。
採用試験はほんの形式にすぎず、関係者による面談だけで任用が決められていました。そのような不公平なやり方に対する国民の怒りも郵政民営化を後押ししたといえます。
そもそもなぜ世襲は望ましくないのか?
ここで、そもそも論に立ち返り、なぜ世襲がいけないのか考えてみます。例えばスポーツなら完全に実力の世界なので、世襲で勝てるわけではありません。また民間企業でも、いくら世襲で経営者の座についても、能力が伴わないために会社を潰した事例はいくらでもあります。
では公務員の場合、「会社を潰した」程度で済むでしょうか。能力は伴わないが世襲で座につかせた、ということが原因で何か失敗が起きた場合、その被害者は「国民」となるのです。責任はより大きいといえます。
しかし、「政治家の世襲」は根強い問題なのも事実。例えば自民党の場合、所属する衆議院議員の約4割が世襲。しかも平成以降の内閣総理大臣は7割が世襲です。
政治家世襲の弊害。基本的にはデメリットを多産する
政治家の世襲は、多くの場合、メリットよりもデメリットを生みます。政治家の地位が世襲されると、血が入れ替わらず、政治がその家系の「家業」となり、「権力」「人間関係」「利害関係」などがフルパッケージで引き継がれます。これにより「権力の私物化」が起き、政治の「腐敗」を招きます。
また、本来断ち切るべき「望ましくない関係」も一緒に引き継がれます。それが発端となった衝撃的な事例が、故安倍晋三元首相の銃撃事件です。祖父・岸信介元首相から父・安倍晋太郎氏へと受け継がれた旧統一教会との悪い関係を故安倍晋三元首相が受け継いだことが、事件の発端となったことは、報道等により、すでに多くの国民の知るところとなっています。
仮に世襲にメリットがあるとすれば、任用する側の安心感につながる点でしょう。あくまで一般論ですが、身内の方が本音を言いやすく、信頼がおけるからです。残念ながらメリットはこれくらいしかないといえましょう。
世襲のない、一般民間出身者が政界で勝ち上がることは可能か?
最後に、世襲のない、一般民間出身者が実力で上がっていくことは可能かどうかについて考えてみます。一般職の公務員の場合、採用試験に合格すればいいので、基本的に本人の実力や本人の努力で上の役職に就くことは可能です。なお、外交的事情から、本人の背景も重視する場所としては外務省が挙げられますが、詳しくはまた別の機会に触れることとします。
国会議員の場合、選挙で一般民間出身者が勝ち上がることは、日本では、かなりハードルが高いのが実情です。
1つ目の理由として、日本の選挙にはお金がかかりすぎる点が挙げられます。「供託金」といって、例えば衆議院小選挙区で出馬する場合は300万円という高額なお金を納めなくてはなりません。これは売名行為や泡沫候補の乱立を防ぐのが名目ですが、実際は、新しい人や政党に属さない人を政界に入りにくくさせ、議員の世襲を助長する元凶ともなっています。
2つ目の理由は、実は、私たち国民にあります。国民の政治への無関心が、政治の現状を変えようとする人たちの足を引っ張っているからです。
政治への無関心は投票率の低下を招き、金のある政党や特定の宗教をバックに持つ政党の議員を当選しやすくします。しかも、そのような政党ほど世襲が多く、血の入れ替えが起きないため、政治の変革を起きにくくするスパイラルとなります。
よって、一般の民間出身者でも政界で勝ち上がれるようにするには、国民がもっと政治に関心を持ち、積極的に投票行動を起こすことが必要です。その点において、世襲政治による政治の腐敗に関して、私たち国民の責任も極めて重いともいえるでしょう。