脳科学・脳の健康

実は難しい「睡眠」の定義…科学的には脳波で測定可能

【脳科学者が解説】睡眠の定義は何でしょうか? 目をつぶっているだけの状態や、気を失っている状態は、「眠っている」状態とは異なります。言葉での定義は難しいですが、科学的には寝ているかどうかは脳波で判定します。アルファ波、ベータ波などの脳波の基本と睡眠時の状態について、解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

脳波でみる睡眠

睡眠とは、どんな状態を指すのでしょうか?


居眠りしていた人に「いま眠ってたよね?」と指摘すると、「いや、目を閉じていただけで全然眠ってないよ」などと返されることがあります。

私たちは毎日眠りますが、そもそも「睡眠」とは何でしょうか。何をもって「睡眠」と「覚醒」が区別されるのでしょうか。
 

「睡眠」とは……言葉では難しい睡眠の定義

ある国語辞典で「睡眠」という言葉の意味を調べてみると、こう書いてありました。

「周期的に繰り返す、意識を喪失する生理的な状態」

この説明に筆者は違和感を覚えます。とくに「意識を喪失する」という点です。たとえば、脳卒中で倒れて意識を失っている方を見て、「眠っている」とは思わないですよね。睡眠と意識障害は明らかに違います。病的な意識障害にある人に対して、声をかけても反応はありませんが、生理的な睡眠の状態にある人に対して、体をゆすったり、「おーい、起きろ」などと大声で話しかけると、目覚めます。

また、外科手術のために全身麻酔薬を与えられて眠っている方の場合は、呼びかけても応じませんし、感覚そのものがなくなっています。睡眠と全身麻酔状態も明らかに違います。

脳科学的には、睡眠を次のように定義するのがふさわしいと思います。

「脳の意識レベルが低下して、視覚や聴覚などの感覚情報が脳に認識されなくなった状態」

つまり、睡眠中は、意識レベルが低くなっているだけで、完全に意識を失っているわけではありません。外界からの感覚情報を脳が受け付けにくくなっているだけなので、強い感覚刺激に対しては応答ができるのです。

「睡眠」を言葉だけで定義するのには限界があり不十分ですので、科学的には、睡眠は「脳波」によって判定されます。そこで、睡眠のことを正しく理解するために、どうやって脳波が測定されるのか、脳波から何がわかるのか、覚醒状態から睡眠状態に切り替わる境目を脳波でどのように判定されているのかなどを解説しましょう。
 

脳波の測定原理と読み方……アルファ波・ベータ波・シータ波・デルタ波とは

脳波(Electroencephalogram:EEG)は、脳の神経活動によって生じる電気的信号を、頭皮上などに置いた電極で記録したものです。個々の神経細胞の電気活動を直接観察する単一細胞電極とは異なり、脳全体から発する神経細胞集団の電気活動の総和を観察することになるため、その信号はとても微弱で、どこから発生しているかはわかりません。逆に言えば、どこで何が起きているかは詳しくわからなくても、「脳全体のどこかで何かが起きている」というおおまかな情報を得るには、簡便な方法と言えます。

標準的な測定方法で記録される脳波は、主に周波数によって、アルファ(α)波、ベータ(β)波、シータ(θ)波、デルタ(δ)波の4種類に分けられます。周波数とは、波動が単位時間当たりに繰り返される回数のことで、単位には「ヘルツ」 (Hz) が用いられます。周波数が高値なほどその波は素早く振動していることを意味し、周波数が低値なほどその波はゆっくりと振動していることを意味します。

初めて人間の脳波を記録したのは、1920年代のドイツのハンス・ベルガーという精神科医でした。ベルガーは、被験者が目を閉じて静かにしているときには、8~13Hzの周波数の特徴的な脳波が出ていることを見つけ、これを「アルファ(α)波」と名付けました。また、被験者が目を開くと、アルファ(α)波よりも速く振幅の小さな14~30Hzの脳波が出現することを見つけ、これを「ベータ(β)波」と名付けました。私たちが目を開いて周囲の環境からの視覚情報がどんどん脳に送り込まれてくる状態では、脳の様々な部分が刺激されてバラバラに反応し、それを反映した電気信号がたくさん検出されるので、低振幅で高速のベータ(β)波が記録されますが、目を閉じると視覚情報がなくなり、脳の反応が減って同期した電気信号が検出されるようになるので、より振幅が大きく遅いアルファ(α)波が記録されるようになると解釈できます。

残り2つの脳波、シータ(θ)波とデルタ(δ)波の周波数は、それぞれ4~7Hz、0.5~3Hzと定義されています。健康な成人が覚醒しているときには見られず、睡眠中に特徴的に見られます。したがって、覚醒と睡眠を明確に区別するには、α・β波がθ・δ波へと移行するタイミングを見つけることです。

では、私たちがだんだん眠たくなって、実際に眠りに就いたときに脳波がどのように変化するかを、もう少し詳しく見てみましょう。
 

覚醒から睡眠へ移行するときの脳波の変化

暗い部屋で目を閉じて静かにしている状態を続けていると、脳波上のアルファ(α)波がだんだん減ってきます。一般には、α波の出現率が50%以下になった時点を「入眠」と判定します。

次いで、α波よりもゆっくり(周波数4~7Hz)で、さざ波のような不規則な形の「シータ(θ)波」が出現してきます。意識レベルが低下してきて、周囲の音が聞こえなくなり始めたころです。ただし、シータ(θ)波が観察されたからといって「睡眠」とは言えません。どの段階で「睡眠」に移行したと判定するかは、考え方によって諸説ありますが、もっとも分かりやすいのは、「睡眠紡錘波(すいみんぼうすいは)」と呼ばれる12~14Hzの小刻みな波がシータ(θ)波に重なるように出現したときに、本格的な眠りに入ったとみなされます。

睡眠紡錘波が出現するメカニズムはまだ十分に解明されていませんが、脳の中で抑制系の役割を担う「視床」と呼ばれる部分が活性化し、外部刺激に対する処理機能が低下したころに繰り返し見られるので、まさに「睡眠に入った」ことを示す客観的な目安となるでしょう。

そこからさらに眠りが深くなると、「徐波(slow wave)」とも呼ばれるデルタ(δ)波が出現し、だんだんとその割合が増していきます。最終的にデルタ(δ)波が50%以上を占める状態が、もっとも深い睡眠状態です。

まとめると、覚醒状態から深い睡眠状態に至るときは、脳波がβ→α→θ→δと変化し、θ波に「睡眠紡錘波」が重なるように出現したときが、まさに「眠りに入った」タイミングということです。

なお、さらに詳しい脳波の解析結果から、睡眠には「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」の2種類があることが明らかになっており、上で解説した睡眠パターンは「ノンレム睡眠」の方に相当します。θ波と紡錘波の出現により「ノンレム睡眠に入った」と確認できるというわけです。
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