妻が「文化的ではない」夫のぼやき
「うちは決して裕福な家ではありませんでしたが、父親がクラシック音楽関係の仕事をしていて、母が出版社に勤務していたため、音楽と本は欠かせなかった。僕自身も子どものころからピアノを習い、高校では吹奏楽部に入ってトランペットを吹いていました。本も子どものころはあまり読まなかったけど、中学生くらいから文学にはまりましたね」ケンジさん(38歳)はそう言う。もちろん、それはあくまでも自分の趣味だから、他人に強要することはない。8年前に結婚した妻は、音楽はほとんど聴かず、文学にも興味はなかった。それでも結婚したのは「食の好みが合ったし、彼女の前向きさが好きだったから」だという。
妻は学習塾に一度も行かないまま、国立大学にストレートで合格した「才女」だそう。就職先の企業で出会った彼女の、その努力する姿勢を彼は尊敬、交際3年で結婚した。結婚後も部署は違うが、同じ会社で共働きをしている。
「時期をずらして育休をとって、子どもは7歳と5歳になりました。保育園と地域のベビーシッターを駆使してなんとか上が小学校に入学したところです。ただ、最近の悩みは妻が文化に関心がないこと。僕は子どもにもいい音楽を聴かせたいし、できれば楽器のひとつも習わせたい。楽器って趣味にもなるし、落ち込んだときの救いにもなる。身をもって経験していますから」
彼は家でも電子ピアノを弾く。上の娘はそこから音楽に興味をもっていたが、食事中や食後にクラシック音楽をかけると妻が嫌がる。
「なぜか妻はクラシックが嫌いで、気持ちが落ち着かないと言うんですよ。テレビもあまり好きじゃない。音がしている環境が嫌だって。いろいろな音楽があるからと落ち着くようなクラシックを聴かせてもダメ。いつしか上の子もピアノに興味をなくしました」
だが彼は、脳が柔軟な子どものうちに、いい音楽、いい芸術に触れてほしいという思いが強くある。
バレエをやりたいと娘が言うが
彼はあきらめきれなかった。上の娘を連れてバレエを見に行ったら、娘の目が輝いた。「帰りにバレエをやりたいと言い出して。僕も賛成したんですが、妻は近所にバレエ教室がないからダメ、と。土日なら僕が送り迎えできるから習わせようと言ったのですが、『それなら早くから英語を習ったほうがいい』と譲らない。本人がやりたいというのに」
妻いわく、「将来に役立つものを選択したほうが効率的」だそうだ。語学や勉強なら役立つが、バレエや楽器はどうせプロになれるわけではないので役に立たない、と。
「僕は勉強より文化的素養のほうが重要だと思っている。でも妻はそうは思わない。その違いなんでしょうね。下の息子が、ある日突然、太鼓を叩きたいと言い出したときも妻は大反対でした。おもしろいじゃないかと思ったんですが、どうしてもダメだという。『きみはちょっと文化度が低すぎるんじゃない? 文化は人の心の栄養だよ』と思わず言ってしまったら、妻は怒って『どうせ私は文化なんか知らないような家庭で育ったわよ』と言い出して。だけど現役で国立大学に行ったからね、と皮肉っぽく言われました。僕は浪人したあげくの私大なので、妻はそこを突いてくる。かなり険悪な雰囲気になりましたね」
子どもにとって何が重要なのか。それは大きくなるまではわからないかもしれない。だが、柔軟性のある子どものうちに「何か、本人にとってためになるもの」を習わせたいと思う親心もあるだろう。
「やりたいと思ったらやらせたい。続かなくてもいいんですよ、いろいろなことにチャレンジしているうちに、きっとこれが楽しい、続けたいと思うものに出会えるはず。僕のそのスタンスを『そんな甘いことを言っていたら、世の中から置いていかれる』と冷たく言う妻の気持ちがどうしても理解できないんです」
勉強は正義で、文化は余興程度のもの。妻の言い分はそうらしい。どちらが正しいかはわからないが、彼の言うように「文化は心の栄養」だろう。バランスよく与えていくことはできないのだろうか。