食生活・栄養知識

イチジク品種、国内8割はドーフィン…本来はハチとの相利共生が不可欠?

【生物に詳しい大学教授が解説】イチジクの品種で、いま日本で流通の約8割を占めているのは「桝井(ますい)ドーフィン」です。これは受粉しなければ単為結果しますが、本来イチジクは雌株しか食べられない果実です。イチジクの交配を助ける特別なハチも必要です。イチジクとハチの相利共生、イチジクの中にハチが残っている心配をする必要がない理由について、わかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

イチジク栽培前に注意! 食べられるのは雌株だけ

日本のイチジク

本来はイチジクコバチに花粉を運んでもらうイチジク。日本国内では受粉しなければ単為結果する品種がメインです(画像はイメージ)

山椒の知られざる特徴…成分・効能・使い方・しびれの正体」でも詳しく解説しましたが、私たち人間と同じように、植物にも雌雄の性別があります。

桜、アサガオ、チューリップなどのように、一つの花の中に雌しべと雄しべがあって、雌雄両方の機能を備えた「両性花」をもつ植物は、「両性株」と呼ばれます。

雌雄どちらかの機能しか果たさない花は「単性花」と呼ばれ、雌しべだけしかない「雌花」と雄しべだけの「雄花」が別々に分かれています。そして、雌花と雄花が同じ株(一本の木または草)についているのは、「雌雄異花(しゆういか)」と呼ばれ、キュウリやスイカなどが該当します。雌花だけをつける株と雄花だけの株に分かれている植物は、「雌雄異株(しゆういかぶ)」と呼ばれ、イチョウや山椒などが該当します。

イチジクは、雌雄異株なので、一つ一つの木は、それぞれ雌か雄に分かれているのです。私たちがおいしく食べることができるのは雌花の方だけですから、もしみなさんが自分でイチジクの木を育ててみたいと思うのでしたら、最初から雌株を手に入れる必要があります。しかし、イチジクの雄株と雌株は、外観だけで区別することは不可能です。イチジクの雌株と雄株は、ともに花嚢をつけ、その中に隠してたくさんの花(それぞれ雌花と雄花)を咲かせますが、下図に示したように、そのつき方には明らかな差異が見られますので、この時点でようやく区別がつくようになります。
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イチジクの雌雄株の花嚢(断面図、ガイド自身が描画)

イチジクが花嚢を形成し花を咲かせるようになるまでには2~3年かかるため、雄株だと知らないで育てた後で「食べられなかった……」とならないように注意しましょう。

なお、イチジクを生産・出荷する農家や品種改良を行う農業機関にとっては、これは大きな問題です。雌株をできるだけ多く選んで植えるためには、幼苗の段階で雌雄判別できる技術が必要です。そのために今では、幼苗の段階で葉からDNAを抽出して、雄に特徴的な遺伝情報を検出することで雌雄を分けることが可能になっています。
 

イチジクとハチの共生……イチジクの交配を助ける特別なハチの存在

雌雄異株であるイチジクが結実するためには、雌株と雄株の間で交配が必要です。しかし、雌雄とも隠頭花序という特殊な花の咲かせ方をするイチジクの場合、風や水を利用して花粉が運ばれることはほぼ不可能ですし、多くの昆虫や鳥に運んでもらうチャンスもほとんどないでしょう。一体どうしているのでしょうか。

イチジク属の植物の受粉には、特定のハチだけが関与していることが知られています。しかも、おもしろいことに、種ごとに花粉を運ぶ担当が違うのです。たとえば、イヌビワの花粉を運ぶ担当は「イヌビワコバチ」、アコウを担当するのは「アコウコバチ」といった具合です。そして、イチジクを担当するのは「イチジクコバチ」です。

イチジク属植物の花嚢の先端には、へそのような部分があり、そこには狭いながらも内部の空洞につながる通路が開いています。ほとんどの昆虫はこの通路を通れないのですが、特定のハチだけが通って出入りできるようになっているので、それぞれの植物種と特定のハチの間に、「共生」という関係が生まれたのです。

イチジクコバチのメス(※ハチの雌雄とイチジクの雌雄で混乱しないよう、以下、ハチはオス・メスと片仮名表記とします)がイチジクの雄株の花嚢に入り込んで産卵すると、その中でイチジクコバチの次世代が生長します。羽化したイチジクコバチのメスは、イチジクの花嚢の中でオスと交配して受精卵をつくり、かつ体にイチジクの花粉をまとって、イチジクのへそから外へと出て飛び立ちます。

イチジクの花粉を身にまとったイチジクコバチは、おそらくイチジクの雌雄株を見分けることはできませんので、イチジクの雌雄どちらかの花嚢に受精卵を産み付けようとして入り込むでしょう。その場所が雄株の花嚢であれば、上と同じことが繰り返され、イチジクにとっては「交配失敗」になります。一方その場所が雌株の花嚢であれば、イチジクにとっては「交配成功」となりますが、雌花には卵を産むスペースがほとんどないため、雌花に入ってしまったイチジクコバチのメスは、卵を埋めないまま花嚢の中で死んでしまいます。

イチジクとイチジクコバチはお互い、半分は自分たちを犠牲にしながらも、半分は助けてもらっているという関係にあると言えます。この地球上に数えきれない生物種がいる中で、ある特性の植物と動物のペアが、生きていくために絶対必要な存在として「相利共生」(寄生とは違い、両方が恩恵を受ける生き方)の関係が成り立っていることに感動を覚えるのは私だけではないでしょう。
 

イチジクの中に死んだハチが入っていることはないの?

イチジクとイチジクコバチの必要不可欠な関係を理解したところで、何か気がかかりなことはありませんか。そう、一つには「イチジクの中に虫(コバチ)の卵や死骸がが入っているの?」と心配になった方もいるでしょう。一部は繰り返しになりますが、イチジクコバチの一生をたどってみましょう。

オスのイチジクコバチは、同じイチジクの花嚢の中にいるメスのイチジクバチと交尾し、メスのイチジクバチが花嚢の中から外へと無事抜け出すことができるようにトンネルを掘って花嚢の出口を広げるのが役目で、自分は羽をもっていないので、イチジクの中で一生を終えます。

一方、メスのイチジクコバチは、生まれたイチジクの花嚢を飛び出して他のイチジクへと移りますが、未熟なイチジクの花嚢の入り口はとても狭く、中に入る途中で羽や触角が折れてしましまうため、一度中に入ると抜け出ることができません。そこに雄花があれば産卵できますが、雌花の場合は産卵もできません。どちらにしてもその中で一生を終えます。

どう考えても、イチジクの中には、コバチの死骸がいっぱいあるように思えますよね。でも、安心してください。イチジクはフィシン(名前の由来はイチジクの学名Ficus carica L.)というタンパク質分解酵素をもっていて、イチジクコバチの死骸を消化して片付けることができるのです。そのため、熟したイチジクの果嚢を私たちが食べるタイミングで、イチジクコバチが中に入っていることはほぼありません。
 

イチジクコバチがいなかったら、おいしいイチジクは食べられない?

もう一つ気がかりなこととしては、イチジクコバチがいなかったら、おいしいイチジクはできないのでしょうか。

イチジクコバチは、イチジクと共に進化をとげた特殊な昆虫で、日本では、琉球列島を中心に分布しています。一般に、特殊な環境や条件で特別に進化した生物は、環境の変化に弱いものです。イチジクコバチも、気候変動に対して適応できず、地球温暖化によって減少し、自身が絶滅するだけでなく、それによってイチジクなどの生態系の危機が懸念されています。このまま地球温暖化が進めば、イチジクをおいしく食べられなくなるかもしれませんね。

しかし、安心してください。よく考えてみると、琉球列島ではない日本の各地でイチジクが栽培されていて、その周囲にはイチジクコバチがいません。実は、いまの日本で栽培されているイチジクの品種の多くは、雌株のみで、受粉をしなくても果実ができる「単為結果性品種」(参考記事:「種なし柿・種なしブドウの作り方…ブドウのジベレリン処理の効果・働き」)なのです。イチジクコバチがいなくても、ちゃんと果嚢が熟して、おいしく食べられます。

いま日本で流通しているイチジクで、およそ8割を占めるもっとも主要な品種は、明治時代末期にアメリカから導入された「桝井(ますい)ドーフィン」ですが、これは受粉しなければ単為結果するものです。

また、このことは、先ほどとりあげた「イチジクの中に虫が残っていたら…」という心配が少なくとも日本では無用であることの説明にもなります。イチジクコバチを必要としない品種を、イチジクコバチがいない地域で育てる限り、イチジクの中にコバチが入ることはあり得ないからです。

「イチジクは食べてはいけない」はウソ!健康効果と栄養素」でも解説した通り、イチジクは知るほどに面白く、おいしい果実です。こうした背景も頭に入れながら、旬の果実を楽しんでみてはいかがでしょうか。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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