亀山早苗の恋愛コラム

50代、セカンドキャリアという苦難。閑職についた夫は「バカにされるから」と妻に言えず

50代になるなり夫がグループ会社に転属になったという話を、義母から突然怒鳴られて初めて知った妻。20年も夫婦関係があるというのに、夫はなぜ打ち明けることができなかったのだろう。妻はどう受け止めたのだろうか。

亀山 早苗

執筆者:亀山 早苗

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50代になるとサラリーマンの苦難が始まる。特に公務員や大手企業では、セカンドキャリアという名の下、関連団体やグループ会社に出向させられることも少なくない。リストラとはまた違う側面があるだけに、そのあたりを妻たちはどう受け止めるのだろうか。
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夫婦のありようを考えさせられた

「うちの夫がグループ会社に行くと決まったのが3年前の3月。でも私が知ったのは1年以上たってからでした。しかも夫からではなく、義母から聞かされたんです。それがショックでした」

そう言うのは、ノリコさん(50歳)だ。4歳年上の夫は50代になるなり、グループ会社に転属となった。重い心を抱えているのに、いつもと同じように出かけていく夫を、ノリコさんは何も知らないまま見送っていた。

「当時、長男が大学生、長女が高校生でした。私もパートとはいえフルタイムで働いていたので、毎朝、夫が出かけるときはリビングから行ってらっしゃいと言うだけ。ときにはバタバタして行ってらっしゃいすら言わないこともありました。別に仲が悪いわけでもないんですが、決していいわけでもなくて……」

夫の様子を日々細かく観察してはいないのだが、そのころの夫が特に落ち込んでいるとは思わなかった。

「結婚当初から家計は、夫から生活費をもらうスタイル。子どもたちの学費や家電の買い換えなど、大きな出費があるときは相談していました。私の収入は子どもの習い事や貯金に回すようにしていたんです。先々、何があるかわかりませんから」

夫にはある程度の蓄えもあると信じていた。
 

義母からいきなり怒鳴られて

ある日、義母から電話がきた。70代後半の義母は、パワフルで元気。ノリコさん一家の自宅から2時間ほどのところでひとり暮らしをしている。

「あんた、まーちゃんが別の会社に勤めていること知ってるんか、といきなり電話口で怒鳴るんですよ。何を言っているのかさっぱりわからなかった。義母は『あんたがしっかりしないから、まーちゃんが会社で追いやられた』と。まーちゃんというのは夫のことです。義母はいまだに子どものころと同じ呼び方をしているんです」

義母の話を総合すると、夫がどうやらグループ会社に転属したようだということはわかった。だが、それが義母が怒るような話なのか、ノリコさんは判断ができなかった。ただ、どうして妻である自分に話してくれないのかとは感じたという。

「義母が悔しいって泣くんです。もちろん義母は夫から聞いたんでしょう。夫がなぜ私に話してくれなかったのか、なぜ今になって母親に話したのか、そっちのほうが気になりました」

夫の帰宅後、ノリコさんは「お義母さんから電話があった」と話を切り出した。なぜ言ってくれなかったのか、給料がかなり減ったと思うけれどどうしていたのか。夫はぽつりぽつりと話し始めた。

「夫は見栄もあって妻である私に話せなかった。バカにされると思ったって。今まで私のほうが夫にバカにされてムッとしたことは数々ありましたけどね。自分がそうしてきたから、今度は見下されると思ったんでしょう。生活費は減らせないから、貯金を切り崩したこともあるって。転属先では仕事のやりがいもなく、人間関係も今ひとつで、あるときついに母親に愚痴ってしまったそうです。それで義母が私に電話をかけてきたというわけ」

自分に話してくれなかったことで、「私たちって何なんだろうね。20年も一緒にいるのにね」とノリコさんは皮肉っぽく言ってしまった。夫はフッと鼻先で嗤って、「ノリコが今までオレを最優先させたことなんかないじゃないか」と言い放った。

「そこからお互いに過去を持ちだして、嫌らしい罵り合いになってしまった。私はだんだん腹が立ってきて、『あなたと一緒にいて幸せだなんて思ったことがないわ。しかもまだ学費がかかるのに減収だなんて。子どもたちの将来、どうするつもりなの』と言ってしまったんです。売り言葉に買い言葉みたいなものだったんだけど、私の意図以上に夫は傷ついたようでした」

うなだれた夫を見て、ノリコさんは夫自身がいちばん苦しんでいるのだと初めて気づいた。ただでさえプライドの高い夫だ、会社員として屈辱にまみれているのかもしれない。そうは思ったが、やさしい言葉をかけることができなかった。

「私の両親は近くに住んでいるんです。ちょうどそのころ、父が体調を崩していた。めんどうを見ている母も調子が悪いという。夫とのやりとりがあってから、私は実家に行くのを増やしました。息子は学業とアルバイトで忙しかったし、娘は私の実家で食事をしてから一緒に帰るようになって」

自宅には寝に帰るような状態。夫には「両親の介護で」と断りはしたが、急に夕食の支度もしなくなった妻を、夫はどう感じていたのだろうか。

「文句は言いませんでしたね。あるとき、『あのさ』と言いかけたけど、『オレなんか文句を言える立場じゃないもんな』と席を立ちました。申し訳ないような気もしたけど、やはり環境が変わったことを私に言えなかった、言う気になれなかったという夫と心を通わせるのはむずかしかった」

あれから2年。息子は大学4年生になり、就職先も決まった。娘は大学1年だが、初年度の学費はノリコさんの貯金から払った。夫は「学費、大丈夫か」という声もかけてくれなかったし、ノリコさんから何か言うこともなかった。

「この間、父が亡くなり、私は母と実家で暮らしています。なんとなくなりゆきで別居状態になってしまった感じ。息子は自宅で生活していますが、娘は行ったり来たりですね。子どもたちは私たちが不穏な雰囲気になっているのをわかっているけど、深くはツッコんできません。気を遣わせているんだろうなとは思います」

夫とはほとんど没交渉。このままでいいと思っているわけではないが、この先、どうしたらいいかもわからない。ノリコさんは少し疲れたような表情でそう言った。
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