「自然な食品なら体にいい」とは限らない?
自然なものなら安心・安全? 「天然のものは安全、人工物は有害」という考え方、実は少し危険です
しかし「天然・自然=体にやさしい」「人工・化学薬品=有害」という考えはあまりに短絡的で、大きな誤解と言わざるを得ません。場合によっては非常に危険な考えです。人工添加物を避けて天然素材の商品を選んだことで、逆に健康被害が起きてしまうケースは後を絶ちません。
日本では食品については医薬品ほどの有効性・安全性の確認が求められていませんし、天然素材については原料となった植物名などを表示するだけで販売できることになっているため、具体的にどんな化合物が成分として含まれているかは分かりません。
医薬品や人工物は十分な試験によって安全性が確認されたものしか販売や使用が認められていませんが、それらよりも管理が甘い食品は、極端に言えば何でも販売されやすいという面もあります。
人工的に合成された添加物よりも、天然のものの方が危険であったり体に合わないケースがあることも正しく理解したうえで、食品を選ぶときの判断材料にしていただければと思います。
自然にあふれる危険な毒……人工的な毒では到底及ばないレベル
天然の食品にも個人の体質によって重篤なアレルギーなどを引き起こすものはたくさんありますが、多くの人が食の安全を守るために最も気をつけなければならないのは「食中毒」です。食中毒を起こす細菌やウイルス、有毒な物質は、下痢や腹痛、発熱、吐き気などの症状を引き起こし、時には命を落とすほどひどい症状を起こすこともあります。例えば、食中毒を引き起こすボツリヌス菌が産生する「ボツリヌス毒素」は、この地球上で最強の毒として知られています。誤って体内に摂取してしまうと、体の筋肉を動かせなくなり、呼吸もできなくなるため、短時間で命を落としてしまうこともあります。
その半数致死量(半数の動物が死んでしまう量)はマウスで0.0000003 mg/kgと報告されており、人工合成された毒ガス・サリンの半数致死量0.3 mg/kgと比べても、実に100万倍も強力なのです。人工的に作り出された毒は、自然界が生み出した毒には到底及びません。
改めて考えてみると、自然界には様々な毒が存在しています。フグ毒のテトロドトキシン(参考記事:「麻酔が効くのはフグ毒作用と同じ?体の中の電気信号を麻痺させる仕組み」)、セアカゴケグモが持つ神経毒のα-ラロトキシン、ベニテングダケに含まれるイボテン酸やムスカリン、植物トリカブトの根に含まれるアコニチン、植物イヌサフランに含まれるコルヒチン(参考記事:「ギョウジャニンニクとイヌサフラン…間違いやすく死亡例も」)など、枚挙にいとまがありません。
自然界が毒の宝庫とも言える2つの理由……毒素は身近な食品にも
なぜ自然界には、そんなに毒になる化合物が豊富に存在するのでしょうか。毒の目的は、2つあると思われます。一つは「餌を捕らえるため」。毒ヘビや毒グモは、毒によって獲物を動けなくして、容易に餌を食べられるようになっています。
もう一つは「自分の身を守るため」でしょう。フグは泳ぐのが遅いですが、毒をもったおかけで食べられずに済んでいます。微生物の世界でも、細菌は抗生物質を分泌することによって他種の繁殖を阻止し、自ら生き残ろうとしています。
多くの植物はそれほど強い毒を持っていませんが、食べると苦かったり、お腹を壊したりしやすいです。植物は動けないので、積極的に敵を攻撃することはできませんが、動物や人間に対して「嫌い」「食べたくない」と思わせれば食べられずに済むという“静かな”防御が成立しているのかもしれません。
身近な例を挙げてみましょう。例えば、ジャガイモの芽や緑色の皮の部分には、「ソラニン」という毒素が含まれています。小学校の授業で育てたジャガイモを、家庭科の授業で食べるといった実習が行われることがありますが、若いジャガイモを皮付きのまま食べた子どもが食中毒になる事故は、毎年のように発生しています。ジャガイモはソラニンで大事な芽を守っているのかもしれません。
また、かわいらしいイメージがあるクローバーには女性ホルモンのような物質が含まれており、これを食べた牛は不妊になることがあります。牛の繁殖が止まれば、クローバーは食べられずに済むというわけです。
動物や植物の生き残り方は実に巧みです。とは言っても、それぞれの生物が生存や自己防衛のために毒を作ろうと思って作ったわけではなく、たまたま使える毒を備えていた種類が生き残れたと考えた方が分かりやすいでしょう。ですから自然界は偶然ではなく必然的に、毒の宝庫なのです。
食の安全が確保されたのは、人間の努力と知恵の賜物
自然な状態の物には、私たちの健康と安全を脅かす危険がたくさんあるのです。それにも関わらず、普段はそれをあまり感じずに、おいしく食を楽しめているのはなぜなのか、よく考えてみてください。例えば、上述の例ですと、若いジャガイモの芽に毒があることに気づいた私たちの祖先は、「ジャガイモを食べるときは芽の部分を除いた方がいい」ということを学びました。また、火を使って、肉や魚を加熱したり焼くと安全だという衛生管理の方法も身につけました。
つまり、数えきれないほどの先人たちが試行錯誤の末に会得した知識が蓄積され、伝承されてきたおかげで、今の私たちが「自然にある食材を安心して食べられる」ようになったのです。
初めから自然のものは、人間にとって安全でもなければ、体にやさしいものでもありません。本当は危険なものだが、先人たちの知恵のおかげで、なんとか危険にさらされずに済む方法を身につけた、というのが正しい理解です。
先人たちが今の私たちに「安全に自然の食材を利用できる術」を授けてくれたように、現代の私たちも、未来の子孫たちが「より豊かで安全に食を楽しめる」ようにする義務があるのではないでしょうか。
「人工の食品添加物は悪いもの」というイメージも先行しがちですが、保存料、甘味料、着色料、香料などの食品添加物は、国の食品安全委員会による評価を受け、人の健康を損なうおそれのない場合に限って、一定の規格や基準が定められたうえで、使用が認められています。また、市販されている食品から国民一人当たりがどれくらい摂取しているかなども調査されています。
得体の知れない天然素材よりも、よっぽど安全であり、健康被害につながる可能性は限りなく低いと思われます。
本当に、自然のものに何も手を加えず、そのまま食すことほど危ないことはありません。万が一発生するかもしれない菌の繁殖を阻止するためにも、防腐剤くらいは添加していないと、だめなのではないでしょうか。
自然のものの怖さを知っていれば、「自然=安全」というイメージは持てなくなるはずです。安易に「自然のものだから安心、大丈夫」という考えで判断するのは、きっぱりとやめましょう。