脳科学・脳の健康

麻酔が効くのはフグ毒作用と同じ?体の中の電気信号を麻痺させる仕組み

【薬学博士が解説】麻酔をすると痛みを感じなくなるのはなぜでしょうか? それは麻酔薬が私たちの体の中の電気信号を発生させる部分を塞ぎ、感覚を失わせるからです。これはフグ毒のテトロドトキシンの作用にも似ています。Na⁺を利用する体の中の電気信号の仕組みについて、身近な例を挙げながら解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

祖先が海にいた名残り? Na⁺を利用する体の中の電気信号

歯科治療・虫歯治療の局所麻酔

痛みを感じずに治療を受けられる局所麻酔。麻酔薬でNa⁺チャネルを塞ぎ、感覚を失わせます

私たち人間の脳の中で電気信号が発生し、伝わる仕組みは、イカの神経と同じということを、「体の中で発生する電気信号」で解説しました。おそらく地球上のすべての動物が、同じ仕組みを使っていると考えて間違いありません。しかし、さまざまな動物がいるにも関わらず、どうしてみんな同じ伝達の仕組みを持っているのでしょうか。
 
私たち人間を含め、陸上に暮らす動物は、すべて海で誕生した生命の子孫だと考えられています。昆虫の祖先はおよそ4億8000万年前、脊椎動物はおよそ3億8500万年前に陸に上がったと推定されています。
 
海は塩水でできていますが、その主成分は塩化ナトリウムです。つまり私たちの祖先は、体の外にはたくさんのNa⁺が分布する環境の中で、このイオンの動きを利用して信号を伝える仕組みを獲得したのではないでしょうか。そして、陸に上がってからも、有効な仕組みとして継承され、利用され続けてきたのではないでしょうか。汗がしょっぱいことからわかるように、私たちの体内を満たしている細胞外液の組成が海水と似て多くのNa⁺を含んでいるのは、何よりの証拠ではないかと思います。

私たちが神経軸索の上で電気信号を発生させて伝えるために「Na⁺」を利用していることは、薬物の作用からもうかがえます。今回はその代表例として「フグ毒」と「局所麻酔」を挙げ、解説していきましょう。
 

フグ毒のテトロドトキシンで生き物が死ぬのはなぜか

フグは、数多くの魚のなかでも高級魚の代名詞として知られ、透き通った身の歯ごたえと上品で繊細な味わいは一度食べたら病みつきになると言われています。残念ながら、私はほとんど食べたことがありませんが……。

一方で、フグと言えば、毒をもっていることでも有名ですね。フグの肝臓や卵巣などの内臓には猛毒が含まれており、誤って食べると中毒死することもあるため、専門的な知識と技術をもった調理師しか扱えません。ちなみに、フグの刺身を「てっさ」と呼びますが、その由来は、「当たったら死ぬ=鉄砲」という意味から、「てっぽうのおさしみ」を略して、「てっさ」と呼ぶようになったそうです。

フグ毒の主成分は、テトロドトキシンという化合物です。1909年に東京帝国大学の田原良純博士が世界で初めて単離し、当時のフグの学名Tetrodon(現在はTetraodon)と毒を意味するtoxinを合わせて、tetrodotoxinと名づけました。そしてその後、テトロドトキシンの作用を詳しく調べたところ、神経の電気信号の発生源であるNa⁺チャネルを塞いでしまうことがわかりました。誤ってフグ毒を食してしまうと、テトロドトキシンの作用によって神経軸索上に電気信号が発生しなくなるため、感覚や運動が障害され、最悪の場合は呼吸ができなくなって死んでしまうことがあるのです。
 

フグが自分の毒で死なない理由

そんな猛毒をどうしてフグが持っているのか、またどうしてフグ自身は平気なのか、不思議ですよね。その理由は完全に解明されていませんが、おおよそ次のように考えられています。

フグは、自分で猛毒のテトロドトキシンを作っているわけではありません。もともとは海にいる細菌がテトロドトキシンを産生し、それをヒトデ類や貝類が食べ、さらにそれらを餌として食べたフグの体内に蓄積されたものと考えられています。

フグの体の中にももちろん神経があり、電気信号を発生させるためにNa⁺チャネルが働いています。しかし、フグのもつNa⁺チャネルは、私たち人間のものとは少し違っていて、テトロドトキシンが作用しにくいようです。なので、自分は死なずに済むけれども、自分を食べようとする他の動物が死んでしまうことによって、生存競争を勝ち抜くことができたのではないでしょうか。フグがそうしようと思ってそうなったのではなく、テトロドトキシンという化合物にたまたま巡り合うことのできたフグが、結果的に生き延びることができたと考えるのが妥当でしょう。
 

歯科治療で使われる局所麻酔薬、痛みがなくなるのはなぜか

多くの方が、歯医者さんで虫歯治療などを受けるとき、痛みを防ぐために歯茎に麻酔をしたことがあると思います。このタイプの麻酔薬は、効かせたい場所だけに効かせる「局所麻酔薬」と呼ばれます。いろいろな種類がありますが、いずれも共通してNa⁺チャネルを塞ぐ作用をもっています。Na⁺チャネルが塞がれると神経軸索上に電気信号が発生しなくなるため、痛みも含めて感覚が失われるのです。

局所麻酔薬の作用は、フグ毒に似ていますが、厳密には違います。神経細胞膜上にあるNa⁺チャネルに対して、フグ毒は細胞の外側から塞ぎますが、局所麻酔薬は細胞膜を通過して細胞内に侵入し、細胞の内側からチャネルを塞ぐのです。
 

局所麻酔=軽い麻酔は誤り? 正しい理解で適切な使用を

開腹手術などの大がかりな外科手術では、全身麻酔薬が使われます。全身麻酔は、その名の通り、薬が全身に回って意識喪失を伴います。一方の局所麻酔は、薬を打った場所の感覚が麻痺するだけで、意識はそのままで、1時間ほどで感覚も元に戻ってきます。そのため、局所麻酔の方が「軽い」と思われる方が多いと思いますが、作用で考えれば、これは大きな誤解です。

上で説明したように、少し作用の違いがあれど、最終的に局所麻酔薬はフグ毒と同じようにNa⁺チャネルを塞ぐわけですから、もし局所麻酔薬が全身に回ったとすれば、体中の感覚や運動が麻痺して死亡する危険性も伴います。

ごくまれですが、歯科治療中の局所麻酔薬が原因で、医療事故が起こった事例もあります。これは歯茎に注射した局所麻酔薬の量が多すぎたり、あるいは注射針が血管内に入ってしまい、局所麻酔薬の一部が血流にのって全身に運ばれたりしたために、致命的な結果になってしまったケースです。私たちの体の仕組みと薬剤の仕組みを正しく理解し、慎重に使われてこそ安全性が保たれるということを、忘れてはいけません。

■参考
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