親切なのは「いいこと」だけど
「うちの夫、若いときから親切なんですよ。私もその親切さにほだされて結婚したんだけど、結婚後、ますます親切心が他の人に向くようになって(笑)。うれしいような悲しいような、どこかモヤモヤするんですよね」苦笑いしながらそう言うのは、アツコさん(39歳)だ。結婚して8年、5歳と3歳の子を育てながら共働きでがんばっていると語る。
「2年くらい前でしたが、下の子が夜、具合が悪くなったので、上の子を近所の義母に見てもらって、夫の車で救急外来へ行ったんです。扁桃腺炎だということで薬をもらって帰ろうとしたら、同じような年齢の子を抱えたお母さんが出口に立っていて。夫は近づいていって、『うちからそんなに遠くないから送ってあげようよ』と。私は早く帰って子どもを寝かせてやりたかった。タクシーだって呼べば来るのに。でも夫はさっさとその女性を車に乗せているんです」
知らない人ではあったが、車内で聞いたら近所にできたマンションの住人で、越してきたばかりだという。
「夫が出張中で、周りに知り合いもいないので、本当に助かりましたと涙ぐんでいました。まあ、そのときはいいことをしたのだからよしとしようとは思いました」
先に母子をおろした夫は、「困っているときはお互いさまだから」とアツコさんを説得するような口調で言った。
「そうだねとは言いました。でもどこかで納得していない自分がいたんですよね」
その後も、そんなようなことは続いているという。
近所で噂になっていると知り……
とはいえ、夫が親切にするのはなぜか妙齢の女性たちばかり。高齢者に親切にした話はあまり見聞きしていないとアツコさんは言う。「駅のホームで貧血で倒れた女性を看護して駅員にひきわたしたり、道で捻挫した女性を助けて病院につれていったり。でもそれは夫に言わせれば、自分が遭遇するのが子連れのお母さんだったり独身女性だったりするだけで、本当に偶然だ、と。そういうことであまり文句を言うのも変だから、私は必要以上に立ち入りませんでしたけど」
しかし、つい先日、近所のママ友から、「あなたのダンナさんが、きれいな女性を乗せてドライブしていたという噂がたってるわよ。大丈夫?」とLINEが来た。アツコさんも仕事をしているため、保育園ママとはあまり緊密に連絡をとりあっていないが、同じ地域で幼稚園に通わせているママたちは噂好きが多い。LINEを送ってきたのも幼稚園組のママだ。
「噂になってるわよと言われても、私には対処のしようがありませんからね。とりあえず『ありがとう』と返事はしたけど。一方で、そんな噂を立てられるような行動をする夫に腹が立ちましたね」
常日頃からモヤモヤしていたので、そのときはよけいにカッとなってしまったようだ。しばらくして帰ってきた夫に、いきなり「女性を乗せてドライブって、どこに行ってたのよ」と詰め寄った。夫はきょとんとして、「ドライブなんてしてないよ」と口を尖らせた。
「ワケを聞いたら、夫は職場を定時で出たので、私より早く最寄り駅に着いたらしいんです。でも駅でうろうろしている若い女性を発見、どうしたのか聞いたら道に迷っていると。そこでいったん家まで来て車を出して、その女性の行く先まで送っていったそうです。わざわざそんなことまでします? 知らない男性の車に乗る女性もどうかと思うと言ったら、ちゃんと名刺も渡したし、隣の奥さんにも僕がこの家の主で怪しい者ではないと証明してもらった、と」
何を言っているんだろうとアツコさんは感じたそうだ。そうするより駅でタクシーを拾ったほうがよほど早いし安全だ、と。
「夫の親切は度を超しているんですよね。そのうち、取り返しがつかないほど大きな悪い噂になったりしたら、子どもたちにも影響があります。夫にはとにかくもう少し慎重になってほしいと言いました。夫は『噂なんて気にすることないよ』と言っていましたが、真剣に考えてよと大声を出したら、ちょっとドキッとしたようです」
昔なら“親切な人”ですんだ話が、今の時代、気をつけないと“変な人”になりかねないのは確か。アツコさんの訴えが夫に通じればいいのだが……。