最初は夫も情熱的だったけれど
「うちは結婚して8年たって、ようやく授かったんです。私は39歳、夫は40歳。当然、ふたりとも大喜びでした」そう言うのはリナさんだ。現在、生まれた娘は生後7カ月になる。「食べちゃいたいほどかわいい。この子のためなら何でもできる」とリナさんは相好を崩す。
今は育休中のリナさんが主に娘のめんどうをみているが、コロナ禍で週2日程度の勤務になっている夫も、極力、育児に家事にとがんばっていた。
「ところがここ2カ月くらいでしょうか、夫の様子が微妙でして(笑)。前は競っておむつを替えたりしていたのに、今は私の手が塞がっていればやる、という感じ。決して冷たいわけではないんだけど、率先してめんどうをみる感じではなくなってきたんです」
何かおかしいと思っていたリナさん、つい先日、夫がおむつを替えているとき、ぶつぶつと独り言を言っているのを聞いてしまった。夫はリナさんがいないと思っていたようだ。
「キミはいいよね、いつだってママが駆けつけてくれて甘やかしてくれて。オレだってママのこと、大好きなんだよ。だけど最近、ママ、冷たいんだよね……そんなことをつぶやきながらおむつを替えているわけです。もうおかしくてたまらなかった。だけどその後、あの言葉は夫の本音なのかもしれないなと思ったんです」
夫は大人だから、何があっても自分のことは自分でできる。だが、生まれたばかりの娘は自分が守るしかない。それを重視したリナさんは、いついかなるときも娘から目を離さなかった。たとえ夫が話しかけてきても、目は常に娘のことを見ていた。
「もしかしたら、夫は寂しかったのかもしれないな、と。だけど娘に嫉妬して寂しいなんて言えないでしょうから、ストレスがたまっているのかもと想像しました」
甘ったれてるんじゃないと一喝したいところだが、リナさんはそうはしなかった。夫の気持ちを思いやったのだ。
素直になればいいのに……
ただ、そこでストレートに夫に優しくする選択肢はなかった。「私は大人同士として夫と歩んでいきたい。夫を長男のように扱うのは嫌だったんです。うちの母と父が、母と息子のような関係だったので、ああいう風にはなるまいと思っていました。父は母に甘えているくせに居丈高になる。依存しながら威張る最悪のパターンでした。だから夫には大人としての自覚、パートナーとしての気持ちを固めてほしかった」
あるとき、夫にそんな話をしてみた。大人同士として素敵なパートナーシップを築きたい、昔ながらの夫婦関係からは脱却したい。だから私を「ママ」と呼ばないでねと夫に言った。
「すると夫は、『子どもがかわいいのはわかるけど、きみは僕の妻だよね』と言い出しました。育休中なんだから、もっと夫である自分の世話をしてくれてもいいのではないか、と言いたかったようです。『まさかオレのめんどうをみろなんて言わないよね』と私が先回りしたので、夫は何も言えなくなったみたいですが。夫に『古くさい男女の概念にとらわれた人ではないはずだ』とも言いました。逆にそれがプレッシャーになってしまったのか、実際にめんどうをみてもらえないことがショックだったのか、それ以来、夫は何かといじけるようになったんです」
最近は離乳食作りが楽しくてたまらないとリナさんは言う。だが夫は「オレの食事もそのくらい手をかけてくれればな……」とつぶやく。それが彼女をイラッとさせることが増えてきた。
「だから大人でしょってつい言ってしまう。すると夫はまたいじける。威張ったり怒ったりするタイプではないんですが、いったんいじけるとけっこう長くて(笑)。どうして親目線になれないんだろう」
男性が親になるには時間がかかると言う説もあるが、「大人なんだから」というリナさんの言葉に、夫へのあらゆる願いが込められているような気がしてならない。