もともとスーツ発祥の地はイギリスだという。紳士のお国柄ならではのマナーなのか、夏も上着を脱がないビジネスマンは多いらしいが、湿度が低いから着ていられるのだろう。今年の日本のような猛暑+高湿度では、そろそろ上着はやめてもいいのではないかと思えてくる。
「そういうものだと諦めている」
「やめられるものならやめたいですよ。Tシャツに短パンで取引先に行けたらどんなに気が楽か。そうなれば、まったく違う販路が開けるかもしれませんよね。以前、真夏はもっとラフな格好で仕事をしてもいいのではないかと提案したことがあるんですが、『会社の流儀に逆らうのか』と上司に笑われました。僕が冗談を言ったと思ったみたいです。本気だったんですけどね」そう言うのはヨウスケさん(38歳)だ。有名企業のサラリーマンだが、年々、夏のスーツがつらくなると言う。
「しかも今年は節電とかでエアコンの設定温度が高いんですよ。社内ではもちろん上着は脱いでいますが、僕は外回りが多いので、毎日汗だくです。最近は、洗えるスーツを買って洗濯機で洗っています。ワイシャツも替えをもっていないとだめですね」
日本には、衣服の乱れは気持ちの乱れという道徳観念がある。だからピシッとしたスーツを着ないと印象が悪いのだ。
「コロナ禍前、イタリアに仕事で行ったことがあるんです。真夏なのにミラノではスーツを着たビジネスマンがたくさんいて、みんな涼しげに歩いてる。かっこよかったですね。でもやはり湿度が低いからできるんだろうし、あの街だからファッションに気を配っているのもわかった。日本では『かっこいいから着ている』というサラリーマンは少ないでしょうね。みんなマナーとして、そういうものだと思っているんじゃないでしょうか」
むしろ「こういうものだから諦めている」というのがヨウスケさんの読みだ。彼自身もそうだから。
せめてノーネクタイに上着はなしで
真夏は上着を持っているだけでも暑い。上着を持った手が汗だくになる。そして人は他社を訪問するとき入り口でその上着を着る。「真夏はノーネクタイに上着なし。せめてこれくらいは定着させてもいいんじゃないかと思っています」
老舗企業に勤めるサオリさん(34歳)はそう言う。彼女の勤務先では、ほとんどの男性社員が社内でも上着を着用しているらしい。それも社員同士のマナーとして、だ。
「これは別に社則ではないので、さすがに今年はみんな上着を脱ぐようにとお達しがありました。だけどお達しがないと自分だけ脱ぐわけにはいかないと思っている人が多い。うちは女性社員もジャケット着用が多いんですが、女性は社内ではもともとほとんどの人が脱いでいました。なぜ男性だけが着用しているのか不思議でした」
自分だけ脱ぐわけにはいかない。自分だけ他の人と違うことをしてはいけない。ここにいちばんの問題がありそうだ。
「そうであるなら、企業がいっせいに上着着用をやめましょうと申し合わせるしかないですよね。このところ、うちの社では女性だけのチームで開発した商品がヒットしているんですが、因習と前例に固執する男性社員と、楽しければやってみようとノリでがんばる女性社員との間で、役員たちも少しずつ変わるしかないような状況になっています」
こういう会社が増えて、「もっと自由に」が当たり前になれば、企業社会も少しは変化していくのかもしれない。
効率を求める企業が、真夏にスーツとネクタイというもっとも非効率な衣服をよしとしている風潮が、生きづらい国を象徴しているのかもしれない。