仲良くしていたのに……
「昨年春、ようやく中古マンションを購入したんです。夫婦でがんばって働いてきて夢が叶った。中学生の娘と小学生の息子もそれぞれ部屋ができ、一家仲良くやっていこうと心新たに誓いました。2軒隣の家も似たような家族構成だったので、すぐに親しくなって」そう言うのはマキコさん（43歳）だ。結婚して15年、同い年の夫婦は協力しあって家庭を築いてきた。
「リビングが広いので一画を仕切って私の作業場にしました。リモートワークもそこでできますし、ときには趣味のアクセサリーも作っています」
2軒隣の主婦・サトエさんが、ある日、マキコさんのアクセサリーを褒めてくれた。よかったらお近づきの印にひとつと好みの色を聞いて作った。ビーズとクリスタルを使ったアクセサリーだから「安いんです」とマキコさん。
「それでもサトエさんは喜んでくれた。そこから親しくなって、田舎から送ってきた野菜や果物をお裾分けしたり、ときには頂き物のお菓子を持っていったりしていました。食べきれないから食べてと。生ものなんかをいただくと悪くしてはもったいない、だけど夫は甘いものを食べないし、子どもが食べ過ぎてもいけない。それでついつい回していたんです。もちろん食べてもらうのだから、お返し厳禁ということで」
ときおり、サトエさんの子どもたちに会うと「この前のお菓子、おいしかった。ありがとう」と言ってくれるのがうれしかった。
ところが昨年秋ごろ、日持ちのしない和菓子を「押しつけてごめんなさいね」と渡そうとしたら、サトエさんは「そうなの。ちょっと困るの」と言い出した。
「うちは無添加の食品しか食べさせない。甘い物も私が手作りした、いい食材しか使わないことにしているのと言われたんです。だったら早く言ってよと思いましたが、彼女は『悪くて言えなかったのよ。でもあなたもああいうものをあまり食べさせないほうがいいわよ』って。別に毎日大量に食べているわけじゃないし、月に1回や2回食べたってどうってことないでしょと思いましたが、『高級食材しか使わない人に失礼なことをしていたのね』とつい嫌味を言ってしまいました。それ以来、私は彼女と会えばこんにちはと声をかけるけど、彼女は完全無視。プライドを傷つけられたと思っているのかもしれません」
マンション内でも、サトエさんは「意識高い系」で通っているらしい。日頃、噂話の仲間になる時間がないマキコさんは、近所の評判を知らなかったのだ。
意識高い系でも好かれる人
似たような状況でも、周りから嫌われていない人もいる。「うちのマンションにもいますよ、食べ物のお裾分けをやんわり断る人。タカミさんっていうんですが、越してきて半年ほどの彼女の家の前にはよく高級食材の宅配便が置いてある。あるとき近所の人が『いいものばかり買ってるのねー』と少し嫌味っぽく言ったら、『違うのよ、子どもがアレルギーで食べられるものが限られているの』と答えたそうです。アレルギーは本当みたいだけど、それと高級食材は直結しないですよね。でもその彼女は、いつもニコニコして、うちの子が安いアイスキャンディを食べていたときも『おいしそうね』と言うんです。だから嫌われることはありませんね」
エミリさん（39歳）はそう言う。タカミさんの夫はいつもピシッとしたスーツを着て、いかにもエリート風。だが、夫妻とも腰が低いのだという。
「それぞれの家でいろいろあると思うんですよ。近所には探るのが好きな人もいるから、一度目をつけられるとすぐ噂が広まる。だけど彼女たちは賢いですよね。嫌われないようにしていれば、誰も何も言わないのがわかってるんだと思います。うちみたいに地方で、しかもたいして大規模でもないマンションだとけっこう噂が広まりがちなんです」
ところがいつもは腰の低いタカミさんの夫が、マンションの管理を巡って住民と管理会社が険悪になったとき、論理立てながらも強い口調で主張したことで一気に株が上がった。嫌われないだけではなく、頼りにされる存在になったのだ。越してきて1年もたたないうちに自治会長に推されるほどに。
物も言いようで角が立つと昔から言う。些細なことは右から左に流して、「適当に」「嫌われないように」生きていく。だが、言うべきときはきちんと主張する。それができる人が今、求められているのかもしれない。
