決して平穏ではない日々
「いいことと悪いことの両方が激しく押し寄せてくるのが50代後半なんでしょうか」少し疲れた様子で話してくれたのは、マサヨさん(57歳)だ。今どきの50代、見た目は若い。彼女も明るいオレンジ色のサマーニットがよく似合う。
結婚して30年。28歳の娘は仕事をしながら、恋人と同棲3年目。結婚しないのかとヤキモキした時期もあったが、今は静観している。25歳の息子は大学を出て就職したものの2年で退職。それ以来、アルバイト生活だ。マサヨさん夫婦と同居しているが、夫とは口もきかない関係だという。
「59歳、昭和の男である夫は、2年で会社を辞めた息子を許せない。息子は息子で『会社に縛られていたら人生終わりだ』と思ったみたい。だからといって、やりたいことを見つけられないままにふらふらしているので、私もかばいようがありません」
マサヨさん自身、ようやく抜けつつはあるが、更年期症状に苦しんだ。ひどいときは家事もできずに寝込んだが、夫からは「気が張っていないからだ」と言われ、夫の冷たさにあきれ果てた。だが「もともとそういう人」と自分を納得させてきたという。
「今ならモラハラなんて言われるんでしょうけど、あの人はああいう人。いざ寝たきりになったら知らないからねと心の中で思っています」
子どもが生まれてからはパートで働きながら家計を助けてきた彼女、今は週4日、慣れた職場で仕事をしている。家族から「癒やされる」ことはほとんどないが、パート仲間とは良い関係を築いてきた。
親の介護が突然浮上して
平穏とはいえない家庭生活だが、平穏でないなりに安定はしていた。ところが1年ほど前、急に浮上してきたのが夫と自分、双方の親の介護問題だ。「去年の春、闘病中だった義父が亡くなり、義母がひとり暮らしになりました。80代なので、3人兄弟の長男である夫は『うちに来てもらう』と言い出した。ところがこれは義母が却下。『私はここにいる。まだひとりで生活できるし、近所の人が気にかけてくれるから大丈夫』と。うちから義母の家までは新幹線を使っても2時間以上かかる。夫がときどき様子を見に行ってほしいと言うので、月に2度ほど行っていたんですが、夏前に今度は私の母が倒れました」
マサヨさんはひとりっ子。母に頼り切りだった父は、家事もできない。家から1時間ほどの実家に彼女は2日に1度は通い、父の食事の作り置きなど世話に明け暮れた。結果、義実家には行けなくなり、夫に「自分の親は自分でめんどうをみて」と告げた。夫は不承不承、ときどき実家に行っているようだが、お互いに自分の親の実情を話せない状態となっている。
「その後、惣菜を買うことを覚えた父はなんとかひとりで暮らし、母は退院したものの介護が必要な状態。ヘルパーさんに来てもらったりしながら生活しています。いつどちらかがどうにかなっても不思議はない。ひとりっ子だから、すべての判断を私がするしかなくて、それはプレッシャーですね」
両親は「老後」の資金のことはそれなりに考えていたようだが、「最期をどこでどう迎えるか」については予想していなかったらしく、施設に行くことも想定外。家にいるのが当然という考えに凝り固まっている。
「いっそ今のうちに夫婦で入れるなるべく安い施設に入ってくれればと思ったりもしますが、私からは言えないし、親が聞き入れてくれるとも思えない。親を見ていると、静かにこの世から消えていくのは本当にむずかしいことだと思います。子どもとしてどこまでやるべきか。そして私の最期はどうなるのか。そんなことも考えますね」
自分たち夫婦は、子どもたちに世話になるまい、迷惑をかけるまいとは思っているが、実際、どうなるかはいざというときまでわからないのが現実だ。
老いるということはめんどうなことが山積していくことなのではないかとマサヨさんは言う。
「静かに消えていくことができない」今の時代、本格的な老いを感じる50代には「先が闇にしか思えない」だろう。