食生活・栄養知識

認知症予防に重要な「減塩」…食塩の過剰摂取と認知障害の関係

【脳科学者・薬学部教授が解説】塩分の過剰摂取は高血圧を招き、高血圧が認知症の引き金になることは、これまでもよく知られていました。しかし最近になって、塩分の過剰摂取が血流の変化とは関係なく、直接脳の神経細胞の変性と認知障害を引き起こすという驚きの研究論文が科学誌ネイチャーに掲載されました。認知症予防における減塩の重要性を解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

日本人は食塩の摂り過ぎになりやすい? 和食に欠かせない塩分

和食と塩分

健康的な食事と考えられている和食。一方で、醤油や味噌、漬物などで食塩の摂り過ぎになりやすい点には注意が必要です


食塩の過剰摂取が健康に良くないことは、多くの方がご存知のことでしょう。特に和食には、注意が必要です。

和食には、さまざまな形で食塩が使われています。塩の濃度が10%を超えると腐敗の原因となる菌の繁殖が抑えられ、保存性が高まりますが、保存食の一つである漬物にも多くの食塩が使われています。うどんを作るときには、生地に塩を加えることでグルテンの形成が促されるので、うどんの「コシ」を出すために塩は欠かせません。ほうれん草などの青菜をゆでるときには、お湯に一つまみの塩を入れることで、緑色が落ちにくくなります。塩分はうま味を引き立たせるため、魚を焼くときに塩を振ったりします。和食に欠かせない調味料の醤油や味噌に食塩が含まれていることはほとんどの方がご存じの通りです。

また、食塩の化学的な正式名称は「塩化ナトリウム」であり、問題となるのは「ナトリウム」です。うま味調味料としてよく利用される「グルタミン酸ナトリウム」に含まれるナトリウムも同じですから、うま味調味料の使い過ぎにも注意しなければなりません。外食では調味料を多めに使っていることが多いので、外食の機会が多い方は要注意です。

こうした和食の特徴から、私たち日本人は、食塩の摂取量がどうしても多くなりがちです。WHOが勧める成人1日あたりの食塩摂取量は5g未満(ナトリウム量に換算すると2g未満)ですが、日本人の平均的な食塩摂取量は、その倍以上の9~12gというデータがあります。健康を保つために、「減塩」を心がける必要があります。
 

塩分の摂り過ぎはなぜ体に悪いのか

塩分は体にとって大切なものですが、なぜ塩分の摂り過ぎは体に悪いのでしょうか?

体内の塩分濃度が高くなると、その濃度を下げたり、塩分を体外に排出しようとして、体の中に張り巡らされた血管内の血液量が増え、血管にかかる圧力である「血圧」が高くなります。つまり、高血圧の状態です。高血圧になってもすぐに健康を害するわけではありませんが、同じ状態が長く続くとだんだんと血管がもろくなり、血管が破裂して脳内出血やクモ膜下出血を引き起こすリスクが高まります。また、血管にかかる負荷に対抗しようとして動脈硬化が起こることで、血管内が狭くなって、かえって血液循環が悪くなり、心筋梗塞や脳梗塞に発展して致命的になることもあります。ですから、食事中の塩分を控えることで、血圧が高くならないように注意することが大切なのです。

WHOは、世界の食塩摂取量を推奨レベルまで減らせば、毎年250 万人の死亡を防ぐことができると推定しています。
 

塩分の摂り過ぎで認知力が低下? 認知症リスクとの塩分の関係

高血圧以外にも、塩分の摂り過ぎが健康に良くないことを示す、驚くべき研究結果が最近報告されました。それは、認知症になりやすくなる可能性があるということです。

高血圧になると、脳内出血や脳梗塞になりやすくなり、その後遺症として認知症が生じることがあるのは以前から知られていました。しかし、2019年に、国際的な科学学術誌『ネイチャー』に掲載された論文(Nature 574: 686-690, 2019)では、食塩摂取が直接認知障害につながる脳病変を引き起こすと報告されたのです。もしこれが本当であれば、薬を飲んで血圧を下げるだけでは不十分で、食塩そのものの摂取を控える必要性がありそうです。

この驚きの論文を発表したのは、アメリカのワイルコーネル医科大学とワシントン大学の共同研究チームです。マウスに高塩分食を与え続けたところ、認知力の低下が認められました。その理由を追究したところ、塩分が小腸の細胞に作用することで、インターロイキン-17(IL-17)という物質が増えて炎症反応が起こるとともに、IL-17が脳の血管壁に作用して、一酸化窒素(NO)の量を減らすことが分かりました。NOは血管を拡張させる働きをしていますので、これが減ると、血管が狭くなり、血液の流れが悪くなると考えられますが、研究チームはそれ以外にも異常が起きていないかを調べてみました。その結果、高塩分食によって脳の血管のNOが減ってしまうと、脳の神経細胞において骨組みの役割を果たす「微小管」を安定させるのに必要な「タウタンパク質」がリン酸化されて機能しなくなってしまうことが分かりました。

高塩分食がもたらす2つの変化、つまり脳の血流障害とタウタンパク質の変化、のどちらが認知力の低下につながっているのかを明らかにするため、同研究チームは、タウタンパク質の変化が起こらないようにする抗体をマウスに投与してみました。すると、高塩分食で血流障害が起きていても、タウの変化を止めるだけで認知機能の低下を防ぐことができました。つまり、脳血流と関係なく、高塩分食が直接、脳の神経細胞を壊してしまうことで認知力の低下をもたらすことが発見されたのです。
 

増加を続ける認知症患者数……もっと推進されるべき「減塩」政策

人間で同じことが起こるかはまだ確かめられていませんが、可能性は十分あります。

少子高齢化が進行する中で、認知症の患者数は増加の一途をたどっており、大きな社会問題となっています。その解決に向けていろいろな施策が検討されていますが、「減塩」はもっとも効果的な認知症防止策になりえると思います。海外では、「減塩」に取り組む食品メーカーを助成するなどの政策を実行し、認知症患者数を減らすことに成功した国もあります。日本もそれを見倣ってはどうでしょうか。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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