夕食時なのに入り浸る妻の知人
「うちの妻、いい人すぎるんですよ。ただ、僕から見ると『いい人でいる自分が好き』なんだと思う。本人には言えませんが。それによってけっこういろいろ迷惑を被っています」苦々しい表情でそう言うのはユウイチロウさん(40歳)だ。妻は4歳年下で、結婚して8年たつ。7歳と4歳の子がいる。
結婚後から住んでいたアパートが手狭になり、いろいろ考えた結果、1年前に中古マンションを購入した。
「そうしたら隣の奥さんが入り浸るようになったんです。妻は『隣だし、来ないでとは言えない』というんです。でも妻もパートで仕事をしているし、帰宅後は夕食の支度で大忙しのはず。そこへ訪ねてくる隣人って、おかしいでしょ。隣のご夫婦は僕と同世代みたいですが、子どもがいないんです。だからうちの子をかわいがってくれた。最初はいい関係を築けると妻も思ったようですが」
困っている妻に「来ないでほしい」と言えばいいとユウイチロウさんは言った。ところが妻は言い出せない。あるとき、ユウイチロウさんが帰宅すると、隣の奥さんがリビングに座っていた。
「いいかげんにしてください。人の家にこんな時間にいるのは非常識でしょと言ってしまったんです。そうしたら彼女、『お宅の奥さんがいてもいいって言うから』とぶつぶつ言いながら帰って行きました。その後、隣のご主人にもやんわりと言ったんです。彼はものすごく恐縮して、わざわざ菓子折をもって謝りに来た。そういうつもりではないと持って帰ってもらいましたが、こんなおおごとになってしまったのも、妻が嫌なことを嫌だと言わないからなんですよね」
妻は隣人が来なくなったことに、ホッとしているようだった。「自分で言えよ」とユウイチロウさんは思わず厳しく言ってしまったという。
今度は不要品を押しつけられて……
子どもたちが通う保育園で知り合ったカナさんも、ユウイチロウさんの妻にアプローチしてきた人だ。30代半ばのカナさんは、夫婦とも地方出身。田舎から食材などが大量に送られてくる時期があるようだ。「ある日帰宅すると、妻が困ったような顔をしている。カナさんから半分腐ったような野菜を押しつけられたというんです。ダンボールを見てみると、確かにほとんど食べられそうにない。しかも箱の中にはビニール袋に入った、わけのわからないものがある。『これは?』と聞くと、『カナさんのお母さんが作った煮物らしい』と。野菜がこれだけ傷んでいるのだから、昨日や今日、送られてきたものではないはず。となると煮物なんてもうダメでしょ。開ける必要もないとそのまま捨てました」
カナさんは夫婦ともに大手企業に勤めている。近所の豪邸は夫の実家だという。それぞれに車を所有し、羽振りのいい生活を送っているように見える。多忙な上に経済的にも余裕があるから、送られてきた野菜を調理している暇もなく、出来合いのものを買ってすませることも多いらしい。
「不要品を押しつけられているわけですよ、うちは。いらないと言えばいいのに『ありがとう』と受け取ってしまう妻に、かなりイラッとしました」
ユウイチロウさんの妻は、どうしても「断る」ことができないタイプなのだろう。嫌われたくないのか、ムッとされるのが怖いのか。だが、断らない限り、相手は喜んでくれたと思ってしまう。だから延々といらないものを押しつけられてしまうのだ。
「断ったら角が立つと妻は言うけど、角の立たない断り方を習得すればいいと思うんです。そのときも結局、カナさんに断ったのは僕。傷んだ野菜を持っていきましたよ。彼女は『ごめんなさい、時間がなくてきちんと見ないままに奥さんに渡しちゃったの』と。今後はいりませんから。でも仲良くしてくださいねと言って帰ってきました。カナさんはサバサバした人だから『本当にごめんなさいね』と笑顔でした。妻に言ったら『あなただからよ。私が行ったらきっとムカッとしたと思う』って。そうだとしても、どこかで断るスキルを習得しないと今後大変だと思うよと進言しました」
妻はそれでも「あなたにはわからないのよ」と愚痴るばかりだった。
人づきあいは大切だし、揉めるのも嫌という気持ちはよくわかるとユウイチロウさんは言う。それでも言うべきときに言わないと、「ずっとなめられたままだ」と彼は考えている。
「言いたいことを、相手を傷つけないように言うのは大人として必要だと思うんですよね。妻を見ていると歯がゆくて……」
こういうときはどう言えばいいのか。今、ユウイチロウさんは妻にひたすらそれを伝えている。だが、妻はなかなか勇気が出ないようだ。なんとか最初の一歩を踏み出してほしいと彼は望んでいる。