種無しスイカは高い上にまずい? 近年はおいしい品種の開発も
ありそうでなかなかない「種無しスイカ」。実は他の果物以上に作り方が大変なのです
実は、種無しスイカを作り出すことに、昔から多くの人がチャレンジしてきましたが、なかなかうまくいきませんでした。種無しスイカを作り出す原理は、すでに1940年代に確立されていたのですが、生産に手間がかかりどうしても値段が高くなることや、種ありスイカほどおいしくないといった課題があり、なかなか普及しなかったのです。ようやく近年になって、「ブラックジャックスイカ」のように、種ありスイカに劣らない味と食感を保った種無しスイカが登場してきました。まだ市場にはあまり出回っていませんが、むしろ希少だからこそ「サプライズプレゼント」として喜ばれるかもしれません。
種無しスイカを作り出すのがどれだけたいへんなことなのか、それを皆さんにも知っていただきたく、少し専門的な内容ですが、わかりやすく解説します。
種無しフルーツの作り方・種を作れない3倍体
種無しフルーツを作り出す方法はいくつかありますが、共通しているのは「倍数体」を利用しているということです。私たち人間の細胞には、父と母から受け継いだ2セットの遺伝情報が格納されています。つまり、私たちは「2倍体」生物です。子孫を残すときには、体細胞が減数分裂をして、1セットの遺伝情報だけをもった卵子または精子となり、それらが合体して再び2倍体となれば、新しい生命が誕生します。普通のスイカも、私たち人間と同じ2倍体ですので、植物体の細胞中には2セットの遺伝情報が入っていて、そこから1セットずつに分かれた卵細胞(めしべにある)と精細胞(おしべの花粉に含まれる)ができて、それらが合体すれば、新しい個体の元となる種ができます。
自然界には、突然変異などによって、3セットの遺伝情報をもった「3倍体」や、4セットの遺伝情報をもった「4倍体」、さらには5倍体、6倍体……の生き物が存在しています。そして、3倍体以上の生物をまとめて「倍数体」と呼んでいます。ちなみに、「最大何倍体まで存在するのだろう」という疑問を持たれた方もいらっしゃかもしれませんね。私が知る限りでは、なんと22倍体の植物が報告されており、それが最高だと思われます。
倍数体は、生物学的には異常な存在であり、人間を含めたほとんどの動物では死に絶えてしまいます。しかし、植物の場合には、倍数体でも問題なく生存しているものがあるのです。ただし、3、5、7、9のような奇数倍体の場合は、減数分裂ができない(2で割れきれない)ので、配偶子をうまく作れず、有性生殖による種ができません。
「種なし果物はどう増える?「倍数体」をわかりやすく解説!」で詳しく解説しましたが、種無しバナナは、突然変異で自然に出現した3倍体です。しかし、スイカについては、いくら待っても自然に3倍体は現れてくれませんでした。ならば、人為的に作るしかありません。
「3倍体」を利用して種無しスイカを作り出す原理を考案したのは、元京都大学教授で遺伝学者の木村均博士でした。
イヌサフランがもつ毒の力を借りた
2倍体のスイカから3倍体を作り出すために、「コルヒチン」という薬が利用されました。コルヒチンは、イヌサフランという植物の種や球根に含まれる化合物で、毒性があります。イヌサフランは、山菜として食されるギョウジャニンニクに見かけが似ているので、ギョウジャニンニクと間違えてイヌサフランを食べた方が死亡するという事故が毎年のように起きていますが、その原因物質が「コルヒチン」です(詳しくは、「ギョウジャニンニクとイヌサフラン…間違いやすく死亡例も」を参照)。その致死量は、体重50kgの人で4mg以上と言われていますので、球根1個(10gくらい)を食べてしまうと死亡する可能性が高いです。
ただし、毒は「確実に体に効く物質」ですから、うまく使えば「薬」にもなります。実際、コルヒチンは、毒性を示すより少ない量で病気の治療に使われています。具体的には、痛風の発作を鎮めるために使われ、現在も多くの方を救っています。私が上であえて「薬」と書いたのはこのためです。
コルヒチンには、細胞分裂を止める作用があります。また、動植物を問わず、細胞が分裂して増えるときには、前もって染色体の量を倍増させてから、分裂します。2倍体生物の場合は、自らを一時的に4倍体にしてから分裂し、2倍体の細胞を2つ作り出します。スイカも同じですから、コルヒチンをうまく処理すると、細胞分裂の直前に一時的に4倍体になった状態で止めることができます。
具体的には、2倍体である普通のスイカの種が発芽し、子葉が開いたころにコルヒチンで処理すると4倍体の苗ができますので、それをそのまま育てれば、4倍体のスイカが成長し、最終的には4倍体の種が得られるというわけです。
4倍体のスイカと、2倍体のスイカを交配させると、3倍体のスイカができます。もう少し丁寧に説明すると、たとえば、4倍体のスイカに花が咲くと、そのめしべには、2倍体の卵細胞が含まれています。そこに、2倍体のスイカの花粉に含まれる精細胞(1倍体)がやってきて受精が成立すると、2+1=3倍体のスイカの種ができあがります。そのスイカの種をまいて育てれば、種無しスイカの実ができるということです。
3倍体の種を作るのに都合よい性質がスイカに備わっていた
上で「4倍体と2倍体のスイカを交配させる」と書きましたが、これはそんなに簡単なことではありません。上の原理が分かれば、適当に交配させただけでは、3倍体以外にも、2+2=4倍体や1+1=2倍体もできてしまうことがわかるでしょう。交配させるとたくさんの種ができるでしょうが、見かけは同じですから、3倍体の種だけを選別することは不可能です。ですから、最初から、3倍体「だけ」の種をつくる工夫が必要です。実は、スイカには、それを可能にする特性があったのです。
たとえば、サクラやアサガオなどでは、1つの花の中に、おしべとめしべが一緒についています。このようなタイプの花は「両性花」と呼ばれますが、スイカは違います。スイカは、一つの株に、めしべだけの雌花と、おしべだけの雄花を咲かせる「雌雄異花」です。同じ株に咲いた花をよーく見ると、付け根に“ミニスイカ”とでも言いたくなる小さな丸い膨らみがついているものと、何も付いていないものが見つかります。そう、前者が雌花、後者が雄花で、見分けるのは簡単です(下図参照)。
そこで、4倍体のスイカの株に咲いた花のうち、雄花は全部摘み取ってしまいます。残った雌花はすべて4倍体(卵細胞の遺伝情報は2セット)ですね。そこに、別の2倍体の株に咲いた花の中から摘み取ってきた雄花(含まれる精細胞の遺伝情報は1セット)を人工授粉させます。そうすれば、間違いなく2+1=3セットの遺伝情報をもった種ができあがるというわけです。
以上の仕組みをまとめた図を下に示しておくので、参考にしてください。 ちょっとややこしいですが、「種無しスイカの種はあるか」という質問に対する答えは、YESです。もちろん、種無しスイカの実を割っても中に種は見つかりませんが、将来「種無しの実」をつけることが決まっているスイカの種は存在しているというわけです。
種無しスイカの作り方・生産するための手順
ここまでの手順をまとめましょう。1. 2倍体である普通のスイカの種が発芽して、子葉が開いたころにコルヒチン処理を行い、4倍体のスイカを育てて、4倍体の種を得る。
2. 4倍体のスイカの種を発芽させて育て、花が咲いたら、雄花をすべて除き、雌花だけにする。そこに2倍体のスイカの雄花の花粉を、一つ一つ手作業で確実につけていく。その結果できたスイカの果実の中に3倍体の種が得られる。
3. 採取した3倍体の種をまいて育てる。
農家が種無しスイカを作ろうとした場合に、1)からすべてやるのは至難ですので、たいていは1)2)を省略し、3倍体の種を購入して3)から始めるのが普通です。じゃあ、みなさんも、種さえ入手できれば、自宅で種無しスイカが作れるのかというと、そうはいきません。3)より先に大きな難題が残されています。
3倍体のスイカは大きく育っても、配偶子(卵細胞や精細胞)を作れないのです。つまり、3倍体のスイカだけでは、肝心の実もならないのです。
しかし、ここでもスイカが持ち合わせていた特性が役に立ちました。スイカの雌花は「下位子房」という形をしていて、花の付け根部分にある丸いふくらみの中に、将来果肉になる部分と種の元になる胚珠が入っています。3倍体の雌花の子房中には、卵細胞がないので、いくら受粉しても種はできません。しかし、受粉したという刺激によって、子房が大きくなり、果肉ができるという性質をもちあわせていたのです。ですから、3倍体のスイカと一緒に、2倍体のスイカも用意し、2倍体のスイカの花粉(精細胞を含む)によって3倍体の雌花の子房を刺激すれば、ちゃんと実が大きくなるのです。
ただし、3倍体のスイカはもともと実をつけにくいので、自然にまかせているだけではほとんど結実しません。しかも、一株につく実(つまりスイカ玉)の数が少ないです。確実に結実させたければ、3倍体の雌花1つ1つに2倍体の雄花の花粉を手作業でつけていく作業が必要になります。
おまけに、スイカは一年草なので、種無しスイカはその一代で終わりです。3倍体のスイカの種を買うところから始めたとしても、それを発芽させて育て、2倍体との人工授粉により実をつけさせるという作業を、毎年繰り返さないといけないのです。種無しスイカが希少で、非常に高価なのは、納得せざるを得ませんね。
これだけの手間ひまをかけて作られる種無しスイカですから、あなたが幸いにも味わうことができる機会に恵まれたら、心して食してください。