失語症とは……言語活動が障害される病気

失語症の症状のイメージ

話せない、文字の意味が理解できない、話の復唱ができない……失語症の症状はさまざまです

失語症は、言語障害の一種です。失語症と聞いて、何となく「言葉が話せなくなる」というイメージでとらえる方が多いと思いますが、言語には「話す」、「聴く」、「読む」、「書く」という異なった側面が含まれているので、そのどれか一つあるいはいくつかが同時に障害されることによって様々なパターンで生じます。相手の言ったことを復唱できないとか、書かれた文字を読んで理解できないといった症状も失語症に含まれます。その複雑な成り立ちを理解するためには、まずそもそも私たちが言語をあやつるために使っている脳の働きを知っておくことが必要です。
 

言語活動は想像以上に複雑? 総動員される脳の機能

言語に関与する脳の部位をまとめて「言語中枢」と呼びます。通常、言語中枢は左大脳半球に局在しており、言葉を話すのに必要な「運動性言語野」、言葉を理解するのに必要な「感覚性言語野」、そして読み書きに必要な「角回」の3つが特に重要です。言語中枢が発見された脳科学の歴史について詳しく知りたい方は、「失語症の研究から明らかになった大脳の機能局在」を是非お読みください。
 
運動性言語野は、1860年代にフランスの精神科医ピエール・ポール・ブローカが、言葉をうまく話せない失語症患者の脳を解剖して見つけました。左の大脳皮質の前頭葉の下のあたりに大きな脳梗塞部位があることで、考えたことが言葉に表現できないことから、「言葉を話す」という能力を発揮するにはこの脳の部分が必要不可欠な役割を果たしていることが明らかになったのです。ブローカの功績を称えて、「ブローカ野」とも呼ばれています。

感覚性言語野は、1870年代にドイツの外科医カール・ウェルニッケが、聴覚は正常なのに人が話す言葉を聞いても理解できないという失語症患者を観察して見つけました。大脳皮質の側頭葉後部辺りに分布していて、「言語の理解」に必要不可欠であることが明らかにされました。ウェルニッケの功績を称えて、「ウェルニッケ野」とも呼ばれています。
 
角回(かくかい)は、頭頂葉の下方で感覚性言語野(=ウェルニッケ野)のすぐ後方にあり、フランスの神経学者デジュリヌによって「言葉の読み書き」に必要な部分であることが明らかにされました。
 
これ以外にも、話すためには口や舌を動かさなければなりませんから、前頭葉の「一次運動野」も関与しますし、行動を起こすためには「補足運動野」も必要です。相手の話を聞くためには側頭葉の「聴覚野」が働かなければなりませんし、文字を読み取るためには後頭葉の「視覚野」も必要です。いろいろなことを考える過程で、前頭葉の一番前に位置する「前頭前野」も使います。感情や感覚も刺激されます。言語は、まさに脳をフル回転させる作業なのです。
 

失語症の主な3種類

失語症には、実に多種多様な例がありますが、次の3つが主なものとなります。
  • 運動性失語(ブローカ失語)
  • 感覚性失語(ウェルニッケ失語)
  • 全失語(運動性失語+感覚性失語)
 運動性失語は、言葉を理解することはできるものの、自分が話そうとした時にうまく言葉が出てこないというタイプです。口や舌などの動きが悪くなって言葉を正常に発音できない「構音障害」や、ポリープや声帯炎などによって発声しにくくなった「音声障害」とは区別されます。発声の運動機能は正常なので、たとえば歌詞のないメロディーだけの歌は歌えますし、決まったセリフを読むだけならできます。しかし、自分の頭の中で語句を選び文章を組み立てて、自発的にうまく話すことができないのです。このタイプの失語症は、考えたことを言葉に変換する「運動性言語野(ブローカ野)」が損傷されたときに起こります。
 
感覚性失語は、自分から話すことはできるものの、相手の言葉がうまく理解できないというタイプです。聴覚は正常なのに、聞いた話が言葉として認識できません。視覚は正常なのに、書かれた文字がただの模様にしか見えず、意味が理解できません。言葉を思考に変換して意味を理解する「感覚性言語野(ウェルニッケ野)」が損傷されたときに起こります。

なお、感覚性失語症の方は、よく話しますが、言い間違いが多かったり、言葉が支離滅裂になる傾向があります。またその自覚に乏しいことが多いです。私たちは普段、自分が発した言葉を自分で聞き取り、ちゃんと正しく伝えられているかをフィードバックしながら会話を進めるということができます。しかし、感覚性言語野が損傷されると、自分の発した言葉自体が理解できず、間違いに気づいて修正することができなくなってしまうものと思われます。

全失語は、運動性失語と感覚性失語の両方が生じているタイプです。言語中枢は大部分の人で左の大脳半球に局在していますので、左大脳を広い範囲で損傷した場合に起こります。「話す」、「聴く」、「読む」、「書く」のすべての能力が失われるため、障害は重いです。
 

失語症のパターンは多種多様……稀な事例の考え方

事例としては少ないですが、他にもいろいろなパターンの失語を示す方がいらっしゃいます。次のようなケースはどう考えればいいでしょうか。事例別にいくつか考え方の例を挙げてみましょう。

■音は聞こえるが、人が話している言葉が理解できない。ただし、書かれた文字を読んで理解することはできるケース
→ この場合、少なくとも書かれた言葉は理解できるので、ウェルニッケ野は問題ないでしょう。音が聞こえるので、聴覚野も問題ないでしょう。しかし、聞いた話を言葉として処理できないわけですから、聴覚野とウェルニッケ野をつなぐ神経線維のどこかが絶たれていると考えられます。
 
■視覚に異常はないが、書かれた文字を言葉として理解できない。人が話している言葉は理解できるケース
→ この場合、ウェルニッケ野と視覚野に問題はないでしょう。しかし、文字が理解できないわけですから、視覚野と角回をつなぐ経路のどこかに損傷があると考えられます。
 
■考えを言葉に変換し、文字に書き表すことはできるが、声に出すのが困難。構音障害や音声障害ではないケース
→ この場合、ブローカ野そのものに問題はないですし、声を出す機能は備わっています。しかし、発話の起動に関わる補足運動野などに問題があり、無言になってしまうものと思われます。
 

失語症の原因……約9割は脳卒中の後遺症

失語症は後天性であることがほとんどで、その原因は約9割が脳梗塞や脳出血、くも膜下出血などの脳卒中による後遺症だと言われています。脳卒中を起こすと、言語を司る部位の脳組織が損傷され、失語症が現れるのです。
 
交通事故などによる頭部外傷や脳腫瘍が原因となることもあります。認知症の原因となるアルツハイマー病やレビー小体病(パーキンソン病を含む)などの脳神経変性疾患が進行して、言語中枢が機能しなくなることで、失語症を伴うこともあります。
 

失語症の治療法……治せる手術・薬はなく、STによるリハビリがメイン

失語症は、脳の一部が損傷される、すなわち神経細胞が失われることによって生じるので、完全に元に戻すことは困難です。今のところ、手術や薬による治療法はありません。
 
しかし、脳の機能は必ずしも固定されたものではなく、外部からの刺激によって残存した機能を高めることができれば、失われた機能の一部を補うことができます。脳卒中の後遺症で手足に不自由が生じても、早期のリハビリテーションによって一部回復が見込めるのと同じです。
 
言語能力は、私たち人間が生活するうえで非常に大切な要素なので、突然それを失った方は、気持ちが混乱します。言語のリハビリテーションに取り組むとは言っても、本人の努力だけでは難しいので、家族を含めた周囲の方の協力が大きな支えとなります。
 
医療機関で失語症のリハビリを担当するのは、専門職である言語聴覚士(ST:Speech-Language-Hearing Therapist)です。「話す」「聴く」「読む」「書く」を含めた総合的な言葉の機能を取り戻すため、患者や家族の希望に応じて面談や検査を行い、それぞれの症状に合わせた訓練を実施します。言語が障害されているからといって、言語のトレーニングだけをするのではなく、あらゆる感覚を刺激するような働きかけを繰り返し行うことによって、脳がもつ予備能力を引き出すよう、めざします。また、元通りに回復できなくても、残された機能を使ってうまくコミュニケーションができる新しい方法を考えるなど、さまざまな指導や助言も行ってくれます。
 

失語症の予防は可能か? 予防法と対策法

発症してから治すのが難しいのであれば、できる限り予防したいものです。上述したように失語症の9割は、脳卒中の後遺症によるものです。ということは、脳卒中を生じないように気をつけることが大切です。
 
脳梗塞や脳出血などの脳血管障害の背景には、高血圧、不整脈、糖尿病、高脂血症などがありますので、健康診断などでこれら疾患の可能性を指摘されたときには、生活習慣を見直しましょう。動脈硬化の予防には、食事(塩分、糖質や脂質の過剰摂取を避ける)、運動(無理のない有酸素運動を続ける)、ストレスの軽減(心臓や血管に負担をかけない、良質の睡眠をとる)の3つが基本となります。生活習慣だけではコントロールできない場合は、状態が悪化しないように薬の力を借りることも必要です。
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