左右の目で「見る」ということ…普段は意識しない視覚の左右差
私たちは毎日当たり前のようにいろいろなものを見ています。「見える仕組み」は実はとても複雑で、よくできているのです
ただし、動物によってその重みが多少違います。私たち人間は、イヌなどの野生動物に比べると「嗅覚」が劣っています。「聴覚」も動物の中では優れているとは言えません。そのため、とても「視覚」が大事です。目が見えないということが生活の大きな障壁になることからも、そのことがよくわかりますね。
私たちは、目を左右一対もっています。そして大脳も左半球と右半球に分かれています。体の右(左)半身と脳の左(右)半球がつながっている、つまり左右交叉していることから、右(左)の目と脳の左(右)半球がつながっていると想像する方が多いと思いますが、実は必ずしもそうではありません。今回は、目と脳のつながりについて、わかりやすく解説しましょう。
視交叉とは……脳の底にある大きなX字の構造・その役割
目の奥には「網膜(もうまく)」という部分があり、そこには目に入ってきた光を感じ取り、その光の波長や強さに応じて反応する「視細胞」がたくさん存在しています。視細胞で発生した信号は、網膜内にある何種類かの他の細胞を経由して最終的に「神経節細胞」へと伝えられ、視神経の束となって目から出て行きます。大脳を底から見ると、大きなX字型の構造が見つかり、「視交叉」と呼ばれています。左右の目の網膜から出た視神経線維はおよそ100万本もあると言われ、その合計200万本近くの線維がいったんここで集合し、それから再び左右に分かれていくという場所になります。ちなみに、視交叉を英語ではoptic chiasm(オプティック・カイアズムと発音)と言います。ギリシャ語では「X」を「カイ」と発音することに由来しています。
視交叉を通過して左右に分かれた視神経線維は、「視索」と呼ばれる構造となり、外側膝状体(がいそくしつじょうたい)と呼ばれる部分まで到達します。ちなみに、「膝状体」という名前は、ガクッと折れ曲がった構造をしていることに由来しています。視神経によって外側膝状体まで伝えられた信号は、ここでシナプス伝達を通じて別の神経細胞へと引き継がれて、脳へと入っていきます。最終的には、脳の左半球および右半球の後頭葉にある「一次視覚野」まで到達したときに、はじめて「見えた!」となります。
視神経は交叉している? 正確には「半交叉」
目でとらえられた光情報が脳へと伝えられる一連の過程について、一般には「視交叉で左右が交差する」とだけ説明されることが多いようです。しかし、実際はもう少し複雑なのです。それをわかりやすくまとめたのが下の図です。 実は、視神経は視交叉で「半交叉」しています。左右どちらの目も、外側(耳に近い方)の網膜からの視神経(図の赤色と緑色の線)は、いったん視交叉まで行った後、同じ側に戻っているので、その情報は同側半球の視覚野に伝わります。一方、内側(鼻に近い方)の網膜からの視神経(図の青色と黄色の線)は、視交叉を通過するときに、逆側に移っているので、その情報は反対側の視覚野に伝わります。つまり、両目の視神経の外側半分は交叉しませんが、内側半分は途中で交叉しているというわけです。
この特殊な配線によって、見ている景色の右方にある「R」の文字は、右目の内側(図の青色線)と左目の外側(図の緑色線)の網膜に投影されて、どちらも最終的に左半球の視覚野に伝えられます。つまり、右方にある「R」の文字は左右両目で同じように処理されて反対の脳に伝えられるというわけです。左方にある「L」の文字を両目で見たときも同じです。左方にある「L」の文字は左右両目で同じように処理されて右の脳に伝えられというわけです。
実にうまくできていますね。
視覚障害の場合のものの見え方
目と脳の接続が「半交叉」していることは、脳損傷患者にみられる視覚障害の例で確かめることができます。たとえば、下の左図のように、左目と視交叉の間の部分(A)を損傷した場合には、左目から伸びている緑色線と黄色線が絶たれるわけですから、左目からの信号がまったく脳に伝わらなくなり、単純に「左目が全く見えない」という状態になります。右目の見え方(赤色線と青色線)に変わりはありません。 一方、上の右図のように、視交叉よりも後方の左半球の視覚野付近(B)を損傷した場合には、右方に見えるRの文字を伝える青色線と緑色線が絶たれるわけですから、どちらの目で見てもRを含む右方の景色がわからないという状態になります。どちらの目で見ても、Lを含む左方の景色の見え方(赤色線と黄色線)は変わりません。
このような症例は、多数確認されていますから、間違いありません。また、逆に、後遺症としてどのように見え方が変わったかによって、脳のどこを損傷したかが予想つくということです。
動物の進化に伴い、全交叉から半交叉になった
今回の記事を締めくくるにあたり、目と脳の接続が何のために「半交叉」しているのか、その理由を考えてみましょう。そのヒントになるのは、動物との比較です。ほとんどの動物が目を2つもっていますが、脳との接続が「全交叉」のものがいます。たとえば、魚や鳥は、両目が頭の横についていて、右目と左目では違う景色を見ています。両目で同じ物を重ねて見るということはしません。その代わり、頭の後ろまでほぼ360度全域を一度に把握することができます。そして、右目の視神経はすべて左脳半球、左目の視神経はすべて右脳半球とつながっています。
多くの哺乳動物は、私たち人間と同じ「半交叉」なので、生物の進化の過程において、「全交叉」から「半交叉」へと変わったものと思われます。両目で同じ物を見たときに、左右で見る角度が違うため、見え方がわずかに変わります。その差を脳が判断することによって、奥行きや立体感を感じとれるようになったものと思われます。私たちの祖先は、おそらく獲物をつかまえるために、「見える範囲」よりも「距離感」を重視した見方に進化してきたのかもしれません。事実、牛や馬のような多くの草食動物は、顔の横の方に目がついていますが、イヌやネコのような肉食動物は、顔の前面に両目がついています。
面白いことに、両生類のカエルは、成長に伴って目と脳の接続が変わります。オタマジャクシは、魚と同じような「全交叉」です。右目と左目は完全に独立して別の景色を見ています。成長していくうちに、交叉しないで同側につながる視神経が加わり、おとなのカエルは、「半交叉」になります。「全交叉」と「半交叉」のいいところを、子どもとおとなでうまく使い分けているなんて、すごいですね。