同居を断って
ヒロエさん(43歳)が結婚したのは14年前。そのときすでに夫の義母はひとり暮らしだった。「夫の実家は首都圏ではあるけど勤め先から遠いので、夫は大学時代からひとり暮らしをしていたそうです。就職して2年ほどで父親が亡くなり、義母はその後はひとりで働きながら生活していました」
結婚したとき、夫から同居を打診されたこともあった。ちょうど母が定年退職したばかり、この先も働きたいと言っているが、自分はもう仕事をしなくてもいいと思っている。実家を売って、こっちに来てもらってもいいんじゃないか、と。
「ただ、新婚でいきなり義母と同居というのもちょっと……。渋っていたら、義母はさっさと新たな職場で働き始めました。長年住んでいる場所のほうがいいだろうし、義母がこちらに来ても、共働きの私たちと一緒じゃ結局、昼間はひとりになってしまう。友だちもいない場所だから寂しいでしょう。だから落ち着くところに落ち着いたと思っていたんです」
ずっと仕事をしていた義母だし、そうやってさっさと職場を見つけてくるような人だから自立したタイプだとヒロエさんは思っていた。
「ところが結婚してから、なかなか大変でした。週に一度は顔を見せろ、週に3回は電話してこいといろいろ言い出して。あとから聞いたら、夫は結婚前、毎晩、電話していたそうです。ただの安否確認だと夫は言ったけど、義母によれば『親孝行な子だから、毎晩、いろいろおもしろい話をしてくれたのよ』って。夫へのイメージが変わりましたね」
仕事の話から人間関係まで、夫はほぼ毎日、母と話していたのだという。親孝行とみるべきか「ちょっと密着しすぎ」と見るべきかは人によるかもしれない。
「あなたの母親なんだから、今まで通りあなたが電話すればいい。私は平日は忙しいから、休日はたまった家事をしたり自分の心身を休めたりしたい。月に1回くらいなら顔を見せに行ってもいいけど毎週は無理とはっきり言いました。夫は『わかったよ』とつぶやき、毎週、土日のどちらかは実家に帰っていましたね」
突然、義母が再婚したら夫の様子が……
その後、子どもがふたり生まれてヒロエさんもますます多忙になった。それでも週に1度、夫は実家通いをやめなかった。「そのたびにイライラしましたけどね。ただ、うちは上の娘が5歳のときに長男が生まれたんです。長女がけっこう手伝ってくれたりして、週末の1日、夫がいなくてもなんとかなっていました」
そういうとき義母は手伝いには決して来なかった。「私が行くとかえって迷惑でしょ」といいながら息子だけが来ればいいと思っていたのかもしれない。
つい半年ほど前、その義母が突然結婚した。夫さえ相手の存在を知らなかったのだという。
「それを知ったときの夫の落ち込みようはなかったですね。気の毒になるくらいでした。義母の人生なんだから、再婚しようがどうしようがかまわないと私は思いましたが、夫は母を取られたように思ったのかもしれない」
それだけですめばよかったのだが、義母は夫となった20歳近く年下の男性を連れて、足繁くやって来るようになった。それまでほとんど会いに来たこともなかったのに。
「たぶん、若い夫を見せびらかしたいんだと思います。70歳と52歳のカップルは微笑ましいけど、来られても私としては困るだけ。『家事がたまっているので、私はバタバタしてますけど』といいながら、夫に任せています。いちばん困惑するのは義母と彼氏がけっこういちゃいちゃしていることですね。子どもの目もあるので、少し気をつけてもらいたいと思っていたら、あるとき夫がキレてしまったんです。『人の家に来て、いちゃいちゃするな、みっともない』と。あんまりな言い方だと思いましたが、義母夫婦はその剣幕に驚いたのか帰ってしまいました。それ以来、夫は義母に連絡をとらず、義母からも何も言ってきません」
母親の再婚によって、仲良しだった母と息子に亀裂が生じてしまったのだ。愚痴を言うかと思ったが、夫は母親に関しては一言も話さない。それだけショックが大きかったのだろうとヒロエさんは察している。
「1度だけ、あのとき引き取って同居していればよかったのかもしれないと私を恨めしそうに見たので、同居していればしていたで別の問題が勃発していたわよと言っておきました。母親が再婚して幸せになったのなら、それでいいだろうと私は思いますが、夫にとってはそうではないんでしょうね」
親子のありようは人それぞれ。ヒロエさんは「夫の落ち込み方を見ると、なんだか失恋した少年みたいに見えるんですよ。お互いに大人なのに。母と息子ってわかりませんね」とつぶやいた。
「ただ私は、自分の息子をもっと精神的に自立した子に育てます」
ヒロエさんはきっぱりそう言った。