継父からの性暴力……自分を見失った日々

性的虐待

継父から性暴力を受け続け、10代後半でなんとか逃げ出した女性がいる。彼女が我慢しつづけたのは、妹に被害が及ばないようにするためだった。今もそのときのことに苦しみながら、なんとかがんばって生きているのだという。

 

何がなんだかわからなかった

西日本のとある町で生まれたサトミさん(39歳)の両親が離婚したのは、彼女が4歳、妹が2歳のとき。ふたりとも母親に引き取られた。実父についての記憶はあまりないが、「一度だけ、縁日に出かけておとうさんにおんぶされて帰ったような気がする。おとうさんの背中、安心感があったんですよね。でもそのとき妹と母親がいたかどうかわからない」という。

母子家庭で、食べたいものも食べられない時期があったが、サトミさんが9歳のとき母親が再婚した。

「最初は楽しかった。継父はお金持ちだったようで、よく4人で外食したりもしました。私が11歳のとき、弟が生まれて。その前後から地獄が始まりました」

母親の妊娠中から、サトミさんは継父の標的にされたようだ。いつからとはっきりした記憶はないが、継父が深夜になるとサトミさんの布団にもぐりこんでくるようになった。同じ部屋に妹がいたため、彼女は声も出せなかった。

「体をいじられて怖かったことだけは覚えています」

継父の行動はエスカレートしていく。それは彼女が18歳になるまで続いた。母は知っていたはずだが、助けてくれることはなかった。彼女がひたすら耐えたのは、継父が妹に手を出さないようにするためだった。

今思えば、警察に行くべきだったと彼女は言う。だが子どもだった彼女に、そんな知恵はなかった。自分が我慢すれば家族がうまくいく。そう思っていたのだ。

「高校を卒業した日、家を出ました。妹が被害にあわないよう、妹にだけは手紙を渡して。だけど結局、継父は妹には手を出さなかったようです。もともと妹には父親っぽく接していましたから、それが継続されたみたいで、よかったと思っています」

妹からの連絡によれば、サトミさんが家出したことも、一家ではあまり騒ぎにならなかったらしい。状況をわかっていた母親にしてみれば、厄介払いができたのではないかとサトミさんは感じていた。

「私は何のために生まれたのか。そればかり考えていました」

 

働き出したものの……

18歳で家を飛び出したものの、どうしたらいいかわからなかった。とある温泉地で募集をみかけ、料亭旅館の仲居として住み込みで働き始めた。

「おかみさん夫婦が本当にいい人で、ここへ来て初めて、夜、ぐっすり眠れるようになりました。それまで私はぐっすり眠ることがまったくなかったんだと自分でも気づいたくらい」

一生懸命に働き、気づいたら5年がたっていた。この先、どうしたらいいのか。このまま仲居として働き続けるのか。サトミさんははたと立ち止まった。

「仲居さんの仕事は楽しかったけど、このままでいいのかとふと思ったんです。私には結婚という選択肢はなかった。考えたこともありませんでした。男性とつきあうこともできるわけがない。そう思っていました。ずっと生活に追われてきたけど、5年たって少し貯金もできた。何かするなら今なのだろうとは思ったけど、何をしたらいいかわからない」

夢などもったこともない人生だった。将来の夢をもつことさえできない過酷な10代を送ったのだ。だからといって、あのころのことは考えたくもない。

「過去はあえて自分で蓋をして記憶の底へと沈めたんだと思う。子どものころのことは思い出さないようにしていたけど、いつもどろどろとした黒いものを抱え込んでいる気持ちでした」

そんなとき、おかみさんから「東京のお客さんがあなたをほしがっている」と話があった。彼女の仕事ぶりを見て、東京の常連客から高級料亭で働かないかと言ってきたのだ。

「何だかよくわからないけどチャンスなのかもしれないと思いました」

24歳で上京した。仕事はすぐに覚えたし、周りの人間関係もよかったが、恋愛だけはできなかった。いや、しなかったのかもしれない。

「あるときお客さんからセクハラまがいのことをされたんです。たまにあるんですけどね。いつもならさらっと流せるのに、なぜかそのときだけは体が強ばり、身動きとれなくなって過呼吸に陥って……。それ以降、継父のことがフラッシュバックするようになったんです。もう過去に蓋をしておくのは無理だったのかもしれません」

パンドラの筺があいてしまったのか。彼女は急速に心身の状態が悪くなり、30歳のときに仕事を辞めた。

「人生を変えたい。本気でそう思いました。カウンセリングにかかりながら職業専門学校に通い始めて。接客は好きだったんですが、接客するとフラッシュバックが起こるので、IT関係のことを学びました。むずかしかったけど必死で勉強しましたね」

卒業後、ある会社に中途入社し、そこでも持ち前の努力で戦力として期待されるようになっていく。サトミさんはどこにいても頭角を表していくのだが、その裏には身を削るような努力がある。

「4年たったころ、他部署に中途入社してきた同い年の男性と仲良くなりました。おっとりしていてとてもいい人で、女友だちみたいな感覚でつきあうことができた唯一の男性ですね」

彼に触れられたときは体が強ばったが、彼のやさしさがしみてきたのではねのけずにすんだ。彼には過去のことを言えないままだったが、すぐに彼女の妊娠がわかった。彼は大喜びし、プロポーズされた。

「私は怖くてたまりませんでした。自分が家庭を作れるとは思えなかったし、子どもを育てられるとも思えなかった」

だが事態はトントン拍子に進んでいった。親と断絶していることは彼に話していたから、結婚式は挙げず、身内と友人だけを集めた小さなパーティを開いた。

「結婚後も仕事は続けました。彼はいつも気遣ってくれて、幸せってこういうことなんだと生まれて初めて感じましたね」

 

娘を夫に触られるのがイヤで怖くて……

女の子を授かった。かわいいと心底思った。それなのに夫の気遣いや優しさが重くなっていった。

「自分でもよくわからないんです。だけど娘を夫に触られるのがイヤで怖くて……。足が遠のいていたカウンセリングにまた通うようになったけど、気持ちは変わらない。男性不信が根深すぎてどうにもならないんです。今さら夫には打ち明けられないし。自己嫌悪に陥ると同時に、継父に対して止めようのない憎悪がわいてきました」

申し訳ないと思いながら、夫には「もう一緒にやっていけない」と告げた。過去についてはどうしても話せなかったという。

一緒にいると妻が情緒不安定になることを夫はわかっていたようだ。夫からの提案で、離婚はせず、夫が近所に引っ越すことで落ち着いた。

現在、娘は4歳になった。夫とは連絡を取り合って娘のめんどうをみている。週に一度は夫が手料理を作って家族3人で食卓を囲む。夫が娘に触れると体がびくっとするが、それも少しずつ慣れてきた。夫は娘を娘として見ていると信頼できるようになってきた。

「もしかしたら、夫には全部話せる時期がくるかもしれない。最近、少しそう思えるようになってきました」

上京以来、疎遠になっていた妹と久しぶりに連絡がとれ、継父が急逝、母も弱っていることを知った。11歳年の離れた弟は行方がわからなくなっているという。

「継父が死んだと聞いたとき、復讐する機会を失ったと思いました。と同時に、私は復讐したいと思っていたんだと気づいた。何かがあると自分の感情に気づく。そういう風に思考回路ができてしまっているんですよね。感情ありきじゃないんです。もう少し早く自分の感情に気づくようになるといいとわかっているんですが、なかなかうまくいかなくて」

それでもサトミさんには、生まれて初めて目標ができた。娘が大きくなるまで生きていたい、ということだ。

「生きることなんてどうでもいいと心の底では思っていたんです、たぶん。でも今は生きていたいとはっきり感じる」

ここから人生、やり直せるような気もすると彼女は小さな声でつぶやいた。顔を上げた彼女の目がとても澄んでいた。



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