「面白い」「つまらない」 …人によって感じ方が違うのはなぜ?
同じ話を聴いても、興味を惹かれる人と退屈する人がいます。感じ方に多様性があるのは、私たちが複雑な脳を持っているからです
同じ情報が脳に入っているはずなのに、反応やそのタイミングは人それぞれです。また、同じ人でも、そのときの気分や体調によって、物事の感じ方や反応は違います。なぜ私たちはこのように感じ方が異なるのでしょう? その答えは私たちの脳の中にあります。今回は脳科学の視点から、私たちの性格や感じ方に複雑な多様性がある理由を考えてみましょう。
2つの神経ネットワーク……正確な電気信号・不正確なシナプス
話を聴くことも含め、外部の刺激は全て私たちの中にある神経ネットワークで脳に伝えられます。そして情報が伝えられる仕組みは、大きく次の2種類に分けられます。■電気信号で伝える方法
一つは、神経軸索上で電気信号が発生し、伝わる仕組みです。連続的で変わることなく正確に、かつ非常に速いスピードで遠くまで伝わります。詳しくは「体の中で発生する電気信号」をご参照ください。
■シナプスで伝える方法
もう一つは、神経細胞どうしのつなぎ目にあるわずかな隙間、すなわちシナプスで神経伝達物質が放出され、それが受容体に受け取られるという仕組みです。詳しくは、「シナプス伝達で会話する神経細胞たち」をご参照ください。電気信号と比べると信号が伝わる速度は遅く、神経伝達物質が液体中を拡散して伝わるので、必ずしも正確ではありません。
ちなみに同じ「伝える」ですが、軸索上の電気信号は「伝導」、シナプスでの会話は「伝達」という表現で区別されます。
しかし、改めて考えると、どうして2段階に分けるような、面倒なことをしているのでしょうか。しかもシナプスによる伝わり方は不正確です。信号を正確に伝えるなら、電気回路のように脳内すべての神経細胞が直接つながっていて、神経線維の上を電気信号が伝わるだけで十分ではないかと思うかもしれません。なぜ、シナプスなどという仕組みが用意されているのでしょうか?
正確な電気信号だけではもったいない? 複雑な脳の醍醐味
脳内のすべての神経細胞が直にくっついていて、電気信号だけで情報が伝わっていくと想像してみましょう。その場合、脳に入ってきた情報は、多数の神経細胞にバトンタッチされながら正確に伝わっていきます。最終的に脳から出ていく信号は入ってきた時と同じです。伝言ゲームに喩えると、最初に人が発した内容と、最後の人が聞いた内容が全く同じということです。要するに、単なるオウム返しです。正確なのはいいことですが、脳に入ってきた情報がそのまま出て行くだけなら、たくさんの神経細胞がバトンタッチしながら伝える必要はありません。私たちがこんなにも複雑な脳を備えている意味は、少し不正確な「シナプス」の方にあります。
冒頭でも挙げたような感じ方に多様性が生じるのは、入ってきた情報をどこかで少しずつアレンジしていく仕組みがあるためです。そのときに役立っているのがシナプスとも言えるかもしれません。
シナプス伝達の多様性……シナプスが持つ色々な「声」
私たちの「声」や「話し方」はさまざまです。大きな声や小さな声、甲高い声や野太い声、抑揚のある感情のこもった話し方もあれば、淡々としていてわかりやすい話し方など、人によって違いますよね。シナプスの場合、「神経伝達物質」と総称される分子が、この声の役割を果たしています。そして実際の声と同じように、シナプスで出てくる神経伝達物質にもたくさんの種類があり、出てくる量や時間なども状況に応じて変わります。
大きく分けると、神経伝達物質には、興奮性のものと抑制性のものがあります。興奮性の神経伝達物質は、相手に伝わった時に相手が興奮して活発になるものです。車のアクセルのようなものです。具体的には、グルタミン酸やアセチルコリンという名前の物質が該当します。
一方、抑制性の神経伝達物質は、相手に伝わった時に相手の活動が抑えられるものです。車のブレーキに相当します。具体的には、GABA(ギャバと読む、γ-アミノ酪酸の略称)やグリシンが該当します。
その他には、ドパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなど、何十種類もの神経伝達物質があって、それぞれ脳の異なる場所で、状況に応じて違う働きをしています。
シナプス伝達の多様性……シナプスの「耳」は受け取り方もさまざま
さらに、シナプスでは、神経伝達物質をキャッチして、その情報を聞き分ける「耳」のような役割を果たす構造として、受け手側に受容体が用意されています。そして、同じ神経伝達物質をキャッチする受容体にも、複数の種類があって、違う反応を示すことがあります。たとえば、ドパミンという神経伝達物質が結合する受容体には、D1、D2、D3、D4、D5という5種類が知られており、そのうちD1またはD5受容体が受け取ったときには興奮性の反応が起こりますが、D2~D4受容体が受け取ったときには抑制性の反応が起こります。同じ話を聞いたときに、嬉しいと思う人と、嫌だと思う人がいるのと似ていますね。なので、同じようにドパミンが出てくるシナプスでも、受け手側にどんな受容体が用意されているかによって、情報の伝わり方は変わってくるということです。
組み合わせでさらに多様性が広がる面白さ
興奮性のシナプス伝達と抑制性のシナプス伝達が巧みに組み合わされることで、脳の神経ネットワークではさらに複雑な情報伝達が可能になっています。たとえば、下図のように、ある神経細胞(C)の前に興奮性の神経細胞(A)と抑制性の神経細胞(B)が二重に配置されている場合には、Aからの信号とBからの信号のどちらが優位かによって、受け手であるCの反応は変わります。車のアクセルとブレーキを同時に踏んだ時に、どちらが強いかで、スピードが速くなるか遅くなるかが変わるようなものです。
興奮性と抑制性の信号が同一細胞に入ったとき(ガイドが作成したオリジナル図)
抑制性神経が働きかけると、興奮性と抑制性神経の作用が逆転することもある(ガイドが作成したオリジナル図)
このような組み合わせが、脳内の神経ネットワークには無数に用意されているのです。シナプスという一見面倒に思える仕組みが、どれだけ大切な役割を果たしているかがお分かりいただけたでしょうか。
一人一人の性格が違っていたり、同じ人でも日によって感じ方が変わったり、病気になると精神が不安定になったりと、脳の「多様性」を生み出しているのは、まさにシナプスなのです。