脳科学・脳の健康

鋭い痛みも、恋愛のビビッも…体の中で発生する電気信号

【脳科学者が解説】電気が走るような痛みを感じたり、素敵な人に出会ってビビッと来たりするとき、私たちの体の中には実際に電気が走っています。体内の電気信号は、なんと秒速100m以上のスピードになることもあるのです。体の中の電気信号の仕組みについて解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

「電気が走るような痛み」の正体は、実際に電気?

神経内の電気信号

私たちが感じる、電気のような痛みや「ビビッ」とくる感覚。その正体は何でしょうか?

神経痛やぎっくり腰の痛みは、よく「電気が走るような痛み」などと喩えられますね。まるで感電したような強い痛みですが、このような鋭い痛みを感じているときには、実際に神経に電気が走っているのです。

まるで脳内のインターネット!?シナプス伝達で会話する神経細胞たち」で解説したように、神経細胞が何らかの刺激を受けて活動すると電気信号が発生し、それは長い軸索を伝って素早く末端まで到達します。そのスピードは神経の種類によって異なり、遅いものは秒速1m程度ですが、速いものだと秒速100mを超える場合もあります。同じ痛みでも、じわーっと感じる痛みと、チクッと刺すような痛みがあると思いますが、それらは神経軸索上を電気信号が伝わるスピードの違いが反映されています。今回は、神経を走る電気信号の仕組みについて解説します。
 

太すぎるイカの神経線維「巨大軸索」が可能にした体内の電気信号研究

神経が電気信号を発生させて軸索上を伝える仕組みは、電線の中を電気が流れるのと似ているようですが、厳密には違います。それを解明する手がかりを与えてくれたのは、海生軟体動物のイカでした。
 
イカの「頭」は胴体の上の三角帽子のような部分にあると思われるかもしれませんが、実はお腹の部分にあたります。マント(外套)のように体を覆っている部分なので、正式な解剖用語では「外套膜(がいとうまく)」と呼びます。ハサミや包丁を使ってこの外套膜を開くと、中には胃や肝臓などの内臓が詰まっており、よく観察すると、左右一対の白い筋のような線維が縦に走っているのが見つかります。昔の人は、これを血管だと思っていましたが、1936年にイギリスの動物学者J・Z・ヤングによって神経線維であることが明らかにされました。
 
普通の神経線維の太さ(直径)は、0.1~20μm程度です。もちろん肉眼で見ることはできません。しかし、イカの外套膜内に見つかる神経線維は、直径が1mm近くもあり、ピンセットで直につまむことができます。細い糸のようなものなので、初めて見た人には細いと感じるでしょうが、神経線維としては普通のものとは比べものにならないくらい太いのです。神経細胞の軸索に相当するので、「巨大軸索」と呼ばれるようになりました。

そして、このイカの巨大軸索のおかげで、それまで調べようがなかった神経細胞の軸索上を電気信号が伝わる仕組みが、解き明かされ始めたのです。
 

神経が電気を発生させる仕組み

神経興奮の仕組みを解き明かすことを可能にしたもう一つの要素は、イギリスの電気生理学者であるA・L・ホジキンが発明した微小電極法という実験技術でした。少し専門的になりますが、なるべくわかりやすく、実験内容を解説してみましょう。

直径1mm程度の中空のガラス管に熱を加えて引っ張ると、先端がものすごく細くなった「ガラス微小電極」を作ることができます。ガラス微小電極の管の中には、細胞内液と似た組成の溶液を満たしておきます。鋭く尖った先端を細胞内に刺し入れると、細胞内外の電位差を測定することができます。また、複数のガラス微小電極を同じ細胞に刺入することで、電位を一定に保ちながら、細胞膜を流れる電流を定量的に測定できるようになりました。
 
1930年代末期にケンブリッジ大学の研究者として働いていたホジキンは、学生だったA・F・ハックスレーと出会い、一緒にプリマス海洋研究所に移り、そこでイカの神経を用いた実験を始めました。イカの巨大軸索にガラス微小電極を刺入して、電位を一定に保ちながら、神経を刺激した時に細胞膜を通るわずかな電流の変化を根気強く記録し続けました。その結果わかったのは、神経が興奮して電気信号が発生するときには、主にナトリウムイオン(Na⁺)が細胞膜を横切ることで電流が生じているということでした。そして、通常細胞膜を通ることができないNa⁺が、一時的に通れるようになるのは、イオンチャネルと呼ばれる特別なタンパク質が細胞膜に用意されているからだと説明されるようになりました。
 
Na⁺は、細胞外にはたくさん分布していますが、細胞の内側にはわずかしかありません。神経の軸索膜にはNa⁺だけを通すイオンチャネル(Na⁺チャネル)があって、刺激によってそれが開くと、細胞の外側にあるNa⁺が細胞内にブワッと流入して、大きな電流が発生するのです。しかも、下の図に示したように、長い神経軸索の上には、たくさんのNa⁺チャネルが隣接して並んでおり、ある場所のNa⁺チャネルが開いてNa⁺が細胞内に流入すると、それが刺激になって隣接部のNa⁺チャネルも開くという連鎖反応が起こるのです。これが神経軸索の上を電気信号が伝わる仕組みだったのです。 
神経軸索,活動電位,Naチャネル

神経軸索の上にはたくさんのNa+チャネルが並んでいて、それが次々と反応してNa+流入が起こることで、電気信号が伝わる仕組みになっている(ガイドが作成したオリジナル図)

ホジキンとハックスレーは、1963年にノーベル医学・生理学賞を授与されました。今では、Na⁺チャネルというものが単なる仮想の仕組みではなくて、タンパク質として実在し、その構造や働きまで詳細が明らかにされています。
 

恋に落ちるときの「ビビッ!」も軸索を走る電気のはたらき

イカの神経と人間の脳はだいぶ違うように思われるかもしれませんが、少なくとも神経軸索の上で電気信号を発生させて伝える仕組みは、基本的に同じであることがわかっています。おそらく地球上のすべての動物が、同じ仕組みを使っていると考えて間違いありません。

また、神経系は、感覚神経や運動神経を含む末梢神経系と、脳と脊髄を含む中枢神経系に分けられますが、どの神経でも電気が伝わる仕組みは同じです。

素敵な人に出会って恋が始まるときに「ビビッときた!」なんて言うことがありますが、そのときには脳の中で実際に神経が刺激され、軸索の上を電気が走っているのです。

イカの神経で働いていたしくみと、私たちの恋愛感情が同じなんて、何だか不思議ですね。
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