イラスト:金子べら(@bera_kaneko)
職場の「雑談」に乗れない悩み
「転職した職場、とってもいい雰囲気なんです。周りはみんな親切だし、仕事も丁寧に教えてくれて。業種としては前職とほぼ一緒なので仕事そのものに関して特に不安はありません」8カ月前に転職したばかりのミズキさん(34歳)はそう言う。前の職場では妙な派閥があり、それぞれがいがみあう険悪な雰囲気があったから、今は精神的にも落ち着いている。
「ただ、仲がいいだけに雑談が多い。そして会社全体が雑談こそが士気を高めて業績もアップすると思っているところがあるんです。実際、先輩たちが雑談しているところに上司がやってきて『それ、企画になるんじゃないか?』といって企画書を作っているのを見たこともあります。外部の方ともそんな感じでフランクに話しながら仕事を進めていっている」
ただ、そこにひとつ問題があった。ミズキさんは「雑談」が苦手なのだ。
「自分から話を広げられないんです。きちんと聞いているんだけど、会話が自然じゃないみたい。1対1ならまだいいんですが、私を含めて3人以上いると、自分が話題に入っていかなくてもいいんじゃないかという思いが強くなる。そしてこの3人の中で自分の立ち位置はどこかと探ってしまう。そうやっているうちにどんどん会話が進んでついていけなくなるんです」
急に「あなたはどう思う?」と言われると、矢が刺さったような気分になって「あ、まあ、そうですね」などと曖昧な相づちしか打てず、あとでああ言えばよかった、こう言えばよかったと後悔するはめになる。
いっそ、きちんとした会議のように誰が発言するか決まっていれば気が楽なのだけれどとミズキさんは言う。
先輩がくれた一言にうるうる
あるとき、先輩数人と出身地の話題で盛り上がった。ミズキさんは北陸地方の出身。「先輩に冬は雪、けっこう積もるのと聞かれ、うちのほうはそうでもないので、そうでもないですと答えたんです。でも私はそれで終わっちゃうんですよね。別の先輩ヨウコさんが『うちのほうはさ』と別の話で盛り上げてくれました」
その後、ヨウコさんとふたりきりになると「あなた、雑談苦手でしょ」と言われた。「ああいうときは、うちのほうはそうでもないけど、近くの○○という町では、とか、雪かきのプロがいるとか、大雪のときはこうしたほうがいいとか、自分が知っていることを言えばいいのよ。スキーは得意です、とか。何でもいいの、雪とあなたの出身地域にまつわることなら。それで話題が広がるんだから」とヨウコさんは言った。
「1つの質問に対して1つの答えではなくてもいいんだと……。話すことがなければ、逆に先輩はどこなんですかと聞いて、答えた地域の印象を話すとか。ふっと頭に思い浮かぶことがあって、それが人を傷つけないことならそのまま口に出してみればいいのよとも言われました。恰好つけず、これを言ったらどう思われるだろうと考えず。それを聞いて、ああ、私は『この人、バカね』と思われたくないんだとわかったんです。というのも母親に『あんたはダメな子』『バカだね』と言われて育ってきたから。今は母とは縁を切っている状態ですが、心の底で私はバカだからという思いが巣くっているんでしょうね」
ヨウコさんに、そのことを話すと、バカだと思われてもいいじゃないと言われて、目から鱗が落ちた。
「人がどう思おうと関係ないでしょ、と一言。それにあなたがバカじゃないのはみんな知ってるわよと言われてちょっとうるうるしてしまいました。それからですね、雑談に少しだけ入っていけるようになったのは。ヨウコさんがうまく誘導してくれるから、外部から来る人とも雑談からの流れで仕事の話が進んだこともあります」
雑談なんて無意味だと思う人もいるだろう。考え方は人それぞれだが、実際に雑談から仕事が生まれることは少なくない。
「私は密かにプロ野球が好きなんですけど、自分の好きなことが雑談に役立つんだとわかりました。あるとき取引先と野球の話で盛り上がったんですが、あとから部長に『今後、野球好きが来るときはあなたを呼ぶから』と笑って言ってもらいました。どうせ仕事をするなら楽しくやろう、チーム一丸となって仕事に向かおうというのがうちの会社の目標みたいなんですが、最初は仕事が楽しいなんてあり得ないと思っていたんです。でも今はそのコンセプト、よくわかります」
時間はかかったが、今の会社でならやっていけると、最近とても前向きになったミズキさん。今年は「雑談力」を武器に、もっと貪欲に仕事をしていこうと考えている。
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