今さら大学に行って何になるのか
首都圏在住で中学生と小学生の子をもつミナさん(41歳)は現在、来年の大学受験を目指して勉強をしている。高校を卒業して就職し、25歳のときに7歳年上の男性と結婚した。「うち、母子家庭だったんです。私のほうが成績はよかったけど弟がいたので、母に弟を大学に行かせたいからおまえは我慢してくれと言われて。母も一生懸命働いていましたから、わかったと就職しました。自分で働いてお金を貯めて大学に行こうと思っていたけど、結局、家庭に生活費を入れ、ボーナスを弟の学費にあてていたら自分は行き損なってしまった。でも夢は諦めたことがありませんでした」
結婚したとき、夫から親と同居、仕事も辞めてほしいと言われて素直に受け入れた。27歳で長男を、29歳で長女を出産。下の子が小学校に入ってから少しずつパートを始めてお金を貯めてきた。義父母はまったく家事などしないので、洗濯も料理もすべてひとりでこなしてきた。
「今は短時間のパートをしながら家事をし、少しでも時間があるとテキストを開いて勉強しています。国公立大学で心理学を勉強したい。できれば大学院にも行きたいんです」
夫が帰宅してからの時間にテキストを開くことはないが、夜中にふと目が覚めてリビングで勉強することはある。それを義母に見られ、「何かやっている」と夫に告げ口された。
「とにかく前時代的な家庭なので、嫁が勉強するとは何ごとだという感じなんです。今どき笑っちゃうけど、それが現実。義母と夫に大学へ行きたいと言ったら『今さら? なんで? なんのために?』と言われました。勉強したいと言ったら、意味がないと。賛成して協力してくれることはないと思っていたけど、意味がないとまで言われたのはショックでした」
学びたいかどうかは個人の問題。家族の許可を得るような話でもない。否定されるいわれもないはずなのに……。
それでも学びたい
誰も協力してくれなくても賛同してくれなくても、ミナさんはコツコツと学んでいる。予備校のリモート講義を受けることもある。「去年だったかな、試験勉強をしている長男が、夜中に薄暗いリビングで勉強している私を呼びに来たんですよ。『おかあさん、一緒に勉強しよう』って。長男の部屋に小さなテーブルを持って行って勉強しました。夜遅くなって一緒に紅茶を飲んだりして。『僕、大学に行くから。おかあさんの後輩になるかもね』と。おかあさんの狙いはいいところだぞと言うと笑っていました。子どものためには母親が勉強しているのも悪くないのかなと思いましたね」
義母が「うちの嫁は勉強なんかしている」と近所に言いふらしたようで、義母と仲のいい人には「そんなことしないでお義母さんの面倒をみてあげなさい」とも言われた。面倒を見るほど老いているわけではないと思いますよと彼女は軽く言い返した。
「嫁いで10数年、近所の人に口答えしたのは初めてです。でもそんなことを言ったのはその人だけで、あとは『聞いたわよ、がんばってね』という応援の声が多くて驚きました。首都圏とはいえ、このあたりは古い価値観の人が多いんです。でも他人は案外優しいのかもしれない。いちばん意地悪なのは夫と義母ですけど(笑)」
正月には夫の妹一家や親戚がやってきたが、コロナの影響もあってみんな日帰りだった。思わぬ時間ができたので、家事の合間に長男の部屋で勉強していると、夫がいろいろ用事を言いつける。だがミナさんはそれを拒絶はしない。
「自分でできることは自分でしてほしいけど、やっぱり私が稼いでいないことが劣等感になっているんですよね。子どもたちが小さいころ、ちょっと手伝ってほしい、おむつを換えてほしいと言ったら『オレがどうしてそんなことをしなくちゃいけないんだ。オレと同額稼げるようになってから言え』と怒鳴られたことがあって。今ならそれはモラハラだと思うけど、当時は小さくなるしかなかった。大学に行ったらモラハラなどについても詳しく学びたいと思っています」
今からでも“自分の人生”を歩むことはできるはずだとミナさんは信じている。弟にそんな話をしたら、「ねえちゃんはオレの犠牲になったんだよな」と言われた。それは違うと彼女は言った。自分が就職の道を選んだのだからと。
「大学に合格したら、弟は派手にお祝い金をくれるそうです。うちの母は理解がないけど弟はわかってくれている。それも救いにはなっていますね」
ミナさんは、とにかく「学びたい」のだ。その自分の気持ちに忠実に、今日も一歩ずつ夢に向かっている。