昔好きだった人を私に紹介する夫
結婚して13年、12歳と10歳の子がいるシホさん(43歳)。夫は2歳年上で、共通の友人が開いた飲み会で知り合った。「たまたま私はその数カ月前に恋人と別れたばかり。彼もフリーだった。私はプロ野球が大好きでひとりでも観に行ってしまうんですが、彼も好きだとわかって意気投合。最初のデートは野球観戦でした」
そのまま一緒に住むようになり、妊娠がわかって結婚した。ふたりとものんびりした性格だという。
「ふたりともキリキリしたり怒ったりするのが嫌い。だから我が家は癒やしの家といわれて、よく友人たちが遊びに来ます」
夫婦仲もいいが、「ラブラブという感じではなく、完全に友だち夫婦」だそうだ。そんな夫婦に、突然、嵐がやってきたのはこの夏のこと。
「夫が、『オレの高校時代の友だちが東京に越してきたんだけど、一緒に会わない?』と言うんです。まあ、そういうことは今までもあったので、気軽にいいよと答えました。うちに来るのかと思ったら、外でレストランを予約したという。あわてて近所に住む母に子どもたちを見てもらうことにして出かけました」
店にすでに来ていた友人に「おっ」と手を上げた夫。席を見ると女性がひとり座っていた。友だちが女性だとは聞いていなかったので、なんとなく嫌な予感がしたという。
「彼女、苗字を言わずに『スミコです』と自己紹介したんですよ。なんとなく変だなと思いました。その後は、夫と彼女の思い出話に花が咲いて、私はどこかのけ者状態。デザートが来たころ、彼女が『シンちゃんは、ずっと私のことが好きだったのよね』と言い出しました。うちの夫、シンタロウっていうんですが、人の夫をシンちゃんってどうよと思いましたね。そこは普通気を遣うでしょ。ところが夫もうれしそうに『スミちゃんには思い切りフラれたもんなあ』って。私の前でそんな話をします?」
シホさんは怒りをにじませながらそう言った。
なぜ上から目線?どこか私を見下す態度
シホさんが気に入らなかったのは、夫がデレデレしていること以上に、相手の女性の態度だった。妻を妻とも思っていないような、「あなたの夫は今も私のことが好きなのよ」と言わんばかりの言動に腹が立っていた。「帰宅してから、あの人はどうしてあんなに上から目線なんだろと言ったら、夫はそんなことないよって。あなたはどういうつもりで私を彼女に会わせたのかと聞くと、『懐かしい友だちだったから、シホにも紹介したかっただけ』だそう。でもこれからこの人と浮気すると言われても不思議がないくらいの親密ぶりだったんですよね。単なる友情の名残ではなく、明らかに今もお互いを男女として意識しているような。そんなふうに妻に感じさせるなんて失礼なんじゃないのって言ってやりました」
すると夫は「シホの誤解だよ。何も起こらないことがわかっているから紹介したんだ」と言い張った。
「でも今でも好きなんでしょと言うと、『彼女には大手企業に勤める立派な夫がいるから』って。それは答えになっていない。確かに夫は彼女のことが好きなんだと思う。そして彼女は、そんな夫の気持ちを知りながらもてあそんでいる感じ。だからよけいに頭に来るんですよ。そんなふうにバカにされて、それでも彼女にデレデレしている夫にむかつくんです」
シホさんの過剰反応なのか、あるいは予測が当たっているのかはわからない。だが、スミコさんに会って以来、夫の帰りがときどき遅くなることがある。
「ちょうど部署が変わったから忙しいと夫は言うんですが、私はスミコさんと会うくらいのことはしているんじゃないかと思っています。それ以上の関係かどうかはわからないし、聞いても夫は笑い飛ばすだけ。好きな女性を妻に紹介して安心させておいて陰でこっそり不倫……なんてことも世の中にはあるかもしれませんからね」
たびたび釘を刺すようなことを言うのも疲れてきたとシホさんは言う。それだけ夫のことが心配なのだろうか。
「心配というよりは、自分だけいい思いをするなよという感じでしょうか。私、今まで何の不安もなく、夫に対して怒ったこともなかったのに、彼女に会わされてから心の平安が保てなくなっている。それがとても苦しいですね」
その気持ちを夫に正直にぶつけてみても、やはり夫は「そんなことあるわけないだろ」と笑うだけなのだ。
「夫に嫉妬なんてしたこともなかったのに。なんだか気持ちをうまく整理できない。いつも不快なモヤモヤが胃のあたりに渦巻いている感じなんです」
恋心がないなら、夫も罪なことをするものだ。あるいは妻に嫉妬してほしかったのだろうか。もう少し様子を見てみるとシホさんは、少し暗い表情で言った。