どうしてそんなにやることが遅いの?
たとえば家族で出かけるとき。子どもに手がかかり、自分の支度が遅れる。夫は「この時間に出ようって言ったのはきみだよ」と言う。だったら子どもの面倒くらい見てよと言いたくなるが、言えば諍いになるのでぐっと呑み込む。「その繰り返しですよ」
マチコさん(39歳)は苦笑する。7歳と4歳の男の子を共働きで育てているが、夫は子どもたちと遊ぶのは得意でも「世話をする」という概念が欠けていると彼女は言う。
「夫が下の子の面倒を見てくれれば、私は自分の支度ができる。でもそれをしないで、『ママって、どうしてそんなにやることが遅いの?』と最後には言うわけです。だから、下の子の服を着替えさせるのを手伝ってと言うと、『自分で着られるだろ』って。いや、この場合は手伝ってやらないと時間通りに出られないからと言ったら、『その時間を見越して準備すればよかったのに』と言う。その前はご飯食べてたじゃない、後片付けしたのも私だよ、とどんどん遡って文句を言いたくなってくる。だから途中で打ち切ると、結局、『ママはやることが遅い』だけが浮かび上がる」
最近では、子どもまで「ママはやることが遅いもんね」と言うようになった。子どもの前でママを貶めるようなことを言わないでと夫には常々、頼んでいるのだが、夫は「冗談だから大丈夫」と取り合わない。
「人が嫌がることを言うのは子どもの教育上もよくないですよね。そのことで夫とはしょっちゅう口げんかになります。何より言われている私自身が、『私ってグズなのかな』と思うこともあって。職場では仕事が早いと言われているんですが。夫の呪いの言葉に巻き込まれないようにしようと思っています」
全力で夫の言葉を拒否し続けるのは、相当なエネルギーが必要だろう。
「太った、痩せた」と外見をとやかく言う夫
「最初に外見について言われたのは、長女を出産したあとでした。なかなか体重が戻らなくて、でも子育てに追われて自分のことなど考えている時間もなかったある日、夫が私の脇腹を軽くつまんで、『すごいね』と。傷つきましたね」うつむきかげんでそう言ったのは、ユキさん(40歳)だ。結婚して12年、11歳と8歳の女の子がいる。
「次女を出産後は、『堂々たる横綱』と言われたこともあります。独身時代に比べると10キロ増えましたが、今はダイエットして5キロほど痩せました」
もともとスリムな体型だったのだろう。今だって見た目は細い。それでも夫自身が独身時代とまったく体型が変わっていないため、妻が太ったと思ってしまうのかもしれない。
「子どもを産んだら体型が変わるのは当然だし、なにより命を生み出す妻への敬意がないでしょ? だけど当時の私は、夫の言葉にいちいち傷ついていました。夫が義母の前で私の体重のことを言ったとき、義母が『子どもを産むのは命がけなんだよ、何言ってるの』と一喝してくれたんです。それで救われました」
夫は今も、ユキさんに対して「太った、痩せた」という言葉をときおり投げかける。しかも冗談交じりに。健康を心配しているわけではなく、やはり「見た目」にこだわっているのだ。
「最近では、しわが増えたとか白髪見つけた、とか。冗談っぽく言うからよけいに不快ですね。一度、『あなたも髪の毛、危ういんじゃない?』と言ったら激怒していました。自分は言っても許される、人に言われるのは嫌ということなんでしょう。自分勝手すぎます」
だが夫は、外では「褒め上手」として通っているらしい。近所の人と立ち話をしたとき、ユキさんは「おたくのご主人、本当にやさしい人ね」と言われたそうだ。彼女のことも、その子どもたちのことも褒め称えていたとか。
「外面がいいんですよね。家の中でモラハラ、外では好感度の高い夫、パパ。なんだかなあと思います」
とはいえ、夫がいつでもモラハラまがいの言葉をぶつけてくるわけではない。言葉が尖るときは、おそらく仕事でのストレスを抱えているときだろうとユキさんは推察している。だが、大人である以上、そして家族の一員である以上、むやみに人を傷つけていいわけがない。
「決定的に傷つけられるわけではないところがネックなんですよね。ずっと小さく傷つけられていると、この程度は慣れっこになるしかないと思う。いちいち言い返すのも疲れるので。でもあるとき、そういう小さな傷が積み重なって、心が固くなっていることに気づくんです」
子どもたちと一緒にいるのは楽しいが、夫に対してはどこか構えてしまうというユキさん。夫と心から笑い合える日がくるのか、自分でも不安だと表情を曇らせた。