「親ガチャ」に反応する大人たち

「親ガチャ」という言葉が話題です。昨年くらいからネット界隈で若者たちの間で使われるようになっていた言葉ですが、ここにきて大人たちを動揺させています。
ガチャガチャ

子どもが大好きなガチャ。親子の縁をそれに例えるのはけしからん?

ガチャ 実用日本語表現辞典
景品が入ったカプセルを購入する形式。ガチャガチャなどともいう。カプセルの中身を選択することはできず、何が入っているかは取り出すまで分からない、という点が主な特徴となっている。ソーシャルゲームなどではガチャを模したアイテム課金の方式も多い。

 
子は親を選べない。生まれてみるまでわからない。「親ガチャ」という言葉が指しているのは、古来から私たちが常識として認識している当たり前のことです。「子ガチャ」もそうですし、「才能ガチャ」「容姿ガチャ」もそうでしょう。人は生まれながらに不平等。与えられたものは仕方がない。だからこそ、その上で私たちは、自分の人生をより良くするためにどうしていくのか、誰もが平等に幸せに暮らせる社会にするにはどうすればいいのかを、日々考えています。
 
「ガチャ」には色々なアイテムが入っていて、アタリかハズレの二択ではないところが魅力です。ある人にとっては「ハズレ」でも、ある人にとっては「喉から手が出るほどほしい」ものだったりします。「レア」なアイテムが出ても「ハズレ」だと感じる人もいます。
 
「親ガチャ」という言葉に不快感を示している人たちは「裕福な家に生まれたかどうか」を重要視しすぎているようにも感じます。たしかにそれも当たりはずれの一要素ではあるでしょう。でも、誰もがうらやむプリンセスも、高貴な家庭になど生まれたくなかったかもしれません。
 

「親ガチャ」の対極にある価値観

親ガチャを「アタリ」と感じるかどうかは人それぞれ。でも、「大ハズレ」というものは存在するでしょう。危険物が入っていた場合です。
 
親から暴力を受けながら育っている子どもはたくさんいます。殴る蹴るなどの身体的虐待の他にも、怒鳴られ罵られ「生まれてこなければよかったのに」と存在を否定される心理的虐待、性的虐待、適切な養育を放棄されるネグレクト。両親間のDVも「面前DV」という心理的虐待です。
 
傷ついている子どもたちをさらに傷つけてきた言葉があります。「子どもは親を選んで生まれてくる」というものです。これは、親にとって、愛する子どもと巡り合えた幸せを強化したり、自らを奮い立たせたりすることには役立ちますが、虐待されている子どもには「自己責任」を突きつけられる恐ろしい言葉です。
 
虐待に限らず、親との関係に悩む子どもたちは、みな自分を責めています。「ぼくが悪い子だからダメなんだ」「私がもっといい子だったら愛してもらえるはず」と、親の顔色をうかがいながら、けなげに頑張り続け、心をすり減らしています。
 
「親ガチャ」を引いたのは自分である、という点で、「子どもは親を選んで生まれてくる」というファンタジーとは共通点があります。しかし「親ガチャ」には「こんな親は望んでいなかった」という救済があります。「自分が悪かったのではない。運が悪かったんだ」と思えて初めて愛してくれない親への執着を手放し、自分の人生を歩む覚悟ができる人も多いのではないでしょうか。
 

「親ガチャ」という言葉の特徴

「親ガチャ」という言葉に否定的な人たちの主張は「生み育ててくれた親に失礼だ」というもののようです。しかし、アタリであれハズレであれ、親子のめぐり合わせは運でしかない、と感じ、それを受け入れている人たちの反応は「言い得て妙だね」程度のあっさりしたものが多いようです。
 
親ガチャに限りませんが、何かに過敏に反応してしまう時は、自分の中に何らかの「引っかかり」がある時です。
 
「自分は恵まれている。親のことをハズレだなんて思っちゃいけない」
「子どもにハズレだと思われていたらどうしよう」
 
そのような葛藤や不安が、言葉に対する敏感な反応を引き起こしているように思います。
 
「何不自由なく育ててもらったことに感謝はしているけれど、親ガチャはハズレだと思っている」ということだってあり得るし、その逆もまた然りです。「お金では苦労したけど、親ガチャはアタリだったな」と思われる方が、親としてはうれしいですよね。親との関係性により、ハズレからアタリに、アタリからハズレに変化していく可能性を含んでいるのも「親ガチャ」の特徴かもしれません。
 
大切なのは「親ガチャ」の当たりはずれというのは、その人の主観であり、「あなたは親ガチャアタリでうらやましい」などと、他者を評価する言葉ではないということです。
 
似たような言葉に「AC(アダルトチルドレン)」があります。
 
ACの概念を日本に広めたカウンセラーの信田さよ子さんは、ACをこのように定義しています。
「現在の自分の生きづらさが親との関係に起因すると認めた人」。つまり、他者から定義されるものではなく、あくまで「自称するもの」だということです。
 
「私、親ガチャ、ハズレだわw」は、「私はACです」と同じような意味合いで使われることも多いようです。
 
ですから、「あなたはACですね」と決めつけるのが間違っているのと同じように、「親ガチャ」という言葉で親との関係性を振り返って評価することも、他者から否定されるようなものではないと思います。
 
「親ガチャ、ハズレだったわーw」と笑い飛ばす先に、自らの道は開けていくのでしょう。


■経験談シェアリングサービス「エクシェア」にあなたの経験談を掲載しませんか?
経験シェアリングサービス「エクシェア」では、「配偶者の不倫を乗り越え、夫婦関係を再構築している」「配偶者とセックスレスだったが、解消した」など、夫婦関係にまつわる悩みを乗り越えた体験談を募集しています。
※応募内容をもとにした独自取材にご協力いただいた方には3300円(税込み)をお支払いいたします

【経験談例】
40代で夫の不倫が発覚するも、夫婦関係の再構築を選択。子供はぶじ志望大学に進学、夫婦仲も円満になった女性の話(50代、女性)
モラハラ・DV夫との生活に耐えかね、予告なしに家出。離婚調停を経て離婚した話(40代、女性)
W不倫&クレジットカードの使い込みが夫にバレて離婚。シングルマザーとなり、事務職とナイトワークの掛け持ちで生計を立てている話(40代、女性)

☆エクシェアの記事を毎月お得に読めるマガジンこちら
「パートナーの不倫・夫婦関係の再構築」に関する体験談を読むならこちら

※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。