『教育虐待』という名の支配

教育虐待

2018年3月、58歳女性の切断された遺体が滋賀県内の河川敷などで見つかった。死体遺棄、死体損壊で逮捕、さらに殺害容疑で再逮捕されたのは31歳の娘だった。彼女は、母から医学部へ進むよう強要され9年間浪人。母は、親戚には医学部に合格したように装っていたという。娘に対して携帯電話もとりあげ、無駄な時間を過ごさないよう一緒に風呂に入ることも強要、最終的には助産師になることを条件に大学の看護学部への入学を許可した。ところが娘のほうは看護師を希望するようになった。母はそれを許そうとはしなかったという……。

自分の人生を生きられない、自由がない。これほど人を人として認めないのは、母が娘を自分の分身だと思っているからかもしれない。「あなたのために」という言葉が、娘の人生をつぶしていくのだ。親であろうと、この人生を支配する権利はない。

 

逃げたくても逃げられない

「私も母から教育虐待を受けていたと思います。私の場合は途中でつぶれたので、母があきらめてくれたけど」

そう言うのは、リョウコさん(39歳)だ。ひとりっ子として育った彼女は、常に母から支配されていた。

「過保護と支配。小学校のときから朝起きると、もう着て行く服が用意してある。本当はその日、赤いセーターを着たくても、母が準備した黒いセーターを着ないと怒鳴られる。小学校3年生から塾に入って、土日は別の塾へ。塾が終わるころ、母が迎えに来ていて、車の中でお弁当を食べて家に帰るとすぐ勉強。お風呂に入っている間も、母が出す問題に答えなければいけない。父はそんな母を疎ましく思っていたんでしょうけど、フォローはしてくれなかった」

そうやって必死でがんばって中学受験に望んだ。「幸か不幸か」受かってしまい、都内屈指の名門女子校へ。

「でも私、本当は勉強はあまり好きではありませんでした。高校まではエスカレーター式で上がれるから部活にも入りたかったんだけど、母はダメだと。高校はもっといい私立へ入ることだってできるはずだとさらに受験勉強をさせられた」

友だちと遊びに行くことも禁止された。彼女は20歳になるまで映画館にも繁華街にも行ったことがなかったという。それどころかテレビドラマさえ観たことがない。

「他の高校を受験したけど落ちて、結局、もとの学校の高校へ。ただ、高校に入ると、よそから受験して入ってきた人も優秀だから、もう授業にもついていけなかった。私は勉強より、本当はファッションや美容に興味があったんです。だけど母には言えない。雑誌を買って学校で休み時間に読んで、友だちに雑誌をあげていました」

高校時代も、帰宅が5分遅れただけで母に怒鳴られ、鞄の中を改められた。

 

とうとう自殺を図って

「当時、母の顔を見ると吐き気がこみ上げてくるようになったんですよね。だけど母を嫌だと思ってはいけないと思い込んでいた。だんだん食欲がなくなって痩せていきましたが、母はそんなことには無頓着。東大を目指せと塾へ入れられました。塾をサボったこともあるんですが、そうすると母は自分自身の喉元に刃物をつきつけて、『私、死ぬからね』って。怖かった」

殺してやると言われるより強烈である。自分のせいで母が死ぬ。それは彼女にとって恐怖以外の何ものでもなかった。

「眠れないし食べられないし、毎日、めまいや頭痛に悩まされていました。担任に相談したこともあるんですが、あまり理解してもらえなかった。孤独でしたね。当時は孤独だと認識していたかどうかわからないけど、日々、追いつめられていく感じがありました」

高校2年のとき、彼女はついに「死んだほうがましだ」と思い始める。塾での模試の成績も、東京大学の合格圏にはほど遠かった。

「ファッション関係の専門学校に行きたかったけど、とてもそんなことは言い出せない。当時、父が単身赴任していたこともあって、母の関心のすべては私に向いていました。朝から晩まで母の監視と支配にさらされて、もう生きていることが嫌になって……」

高校2年生のクリスマスイブの夜。その日、母は珍しく風邪を引いて高熱を出し、伏せっていた。彼女は夜が更けたころバスルームへ行き、手首を切って浴槽に腕をつっこんだ。こうすれば血が固まらないから失血死できると思ったのだ。

「気がついたら病院で、私をのぞき込んでいたのは父でした。クリスマスイブの夜、父はどうせ母が私のためにケーキも買っていないだろうと、ケーキを買って最終の新幹線で帰宅したんです。家は静まりかえっている。寝室を覗くと母は寝ている。バスルームに電気がついていたので見たら私が浴槽に腕を突っ込んで倒れている。あわてて救急車を呼んだんだそうです。父は『ごめんな。おとうさんが家庭から逃げずに、もっとリョウコのことを考えてやればよかった』と涙をこぼしたんです。救われました」

その後、リョウコさんは退学して定時制の公立高校に編入した。父が母に、「もうリョウコの人生は本人に決めさせろ」と言ってくれたのだ。母は泣きわめいたが、娘への影響力を駆使できないことを認めるしかなかった。父は単身赴任をしていた関西に母を呼び寄せた。

「私は実家でひとり暮らしをしていました。衣食住を調えるのは大変だったから、今まで母がしてくれたことに感謝もしましたね」

ただ、母はそれからもことあるごとに娘を支配しようと試みてはいたようだ。ファッションの専門学校に入学したころ、父の東京転勤が決まった。父は彼女に家を出るよう勧めてくれた。

「父と不動産屋に行ってワンルームマンションに決めてくると、母はあれこれ引っ越し準備を始めたんです。私に何も聞かずに大きな食器棚やタンスを買ってしまったり。全部キャンセルしました。とにかく私にはかまわないでほしいと言うと、また泣いたり叫んだり。母は結局、変わろうとしなかったんですね」

父は子犬を飼い始めた。母の関心が少しでも犬に向けばいいと思ったようだ。それがうまく的中して、母は子犬に夢中になった。

「ようやく私は解放されました。というか、私は犬と同じように母にとってはペットだったんだなと思いましたが(笑)。それ以降、母はむしろ私を無視するようになった。愛情をかけたのに裏切ったと思っているんでしょうね。それは今も続いています」

母の偏った愛情に翻弄され続けたリョウコさんは、希望通りの仕事に就いたものの、恋愛関係はまったくうまくいかないと嘆く。自分の中にも相手を支配しようとする気配を感じるからだ。

「母と同じようにはなりたくない。だけどどうしたらいいかわからない。一生、母から受けた悪影響を脱することができないのかもしれないと、最近は恐怖感にかられています」

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