息子の幼なじみへの複雑な思い
人を恋しいと思う気持ちは、あるとき爆発的な力をもつことがある。自分を制御しきれない苦悩に押し潰されそうになり、それが道をはずれた関係であれば罪悪感にもさいなまれるだろう。それでも、引き際が肝心なこともあるのだ、生きていく上では。
息子の幼なじみが絶望の淵にいて
それは3年前のことだった。イズミさん(47歳)の、当時大学3年生だった長男・ユウタさんが焦った様子で電話をかけてきたのは。長男は、遠方の大学に合格したためすでに同居はしていなかった。「長男の幼なじみで仲良しだったダイキくんという子がいるんですが、そのダイキくんが車で事故を起こして助手席にいたお母さんが病院に運ばれた、と。ダイキくん一家はうちから歩いて10分もかからないところに住んでいたんですが、そのときダイキくんは旅行ついでにうちの息子が住んでいるところへ車で出かけていた」
その地域は、ダイキさんの母親の実家が近かったので、彼は母親を実家で降ろして、ユウタさんに会いに行くつもりだったという。
「道が混まないようにとどうやら夜中に出かけたらしいんですよね。それで事故を起こした。ユウタのところには軽傷だったダイキくんから連絡があったそうです。私は何もできず、心配するばかりでした」
その後、ダイキさんの母親は数ヶ月がんばったが亡くなった。自宅でおこなわれたお通夜とお葬式にひどく疲れた様子で小さくなって座っているダイキさんを見て、イズミさんは心を痛めた。息子のユウタさんに聞くと、「ダイキは自分が母親を殺してしまったと言っている。涙も出ないくらい苦しんでる」と涙ぐんでいた。
「さらにかわいそうだったのは、ダイキくんのお父さんが自宅を出て行ってしまったこと。妻が亡くなってショックだったのかもしれない。ユウタが電話をしてきて教えてくれました。しばらくダイキくんを自宅に置いてやってほしいとも言っていたので、夫と相談してダイキくんに声をかけたんです」
ダイキさんはひとりっ子だった。自宅から大学に通っていたが、母親の死後は大学にも行っていなかったようだ。
「うちはユウタの弟がふたりいたので、少しでもダイキくんの気が紛れればいいなと。うちに泊まってもいいし泊まらなくてもいいけど、ご飯くらい食べにおいでと電話しました」
最初はほとんど口もきかなかったダイキさんだが、イズミさん夫婦や弟たちがごく普通に話しかけていたので少しずつ話をするようになっていった。休日にはユウタさんも実家に戻ってくることが増えた。
「そんなとき、ダイキくんがアパートを一緒に見に行ってほしいというんですよ。どういうことかと思ったら、自宅を売ると父親が言ってると。どうやらお父さんには以前からつきあっている女性がいたようで再婚を考えていたんですね。ダイキくんに言わせると、『父はずっと前から、あまり帰ってこなかった』と。母親を亡くした息子を見捨てるのかと、腹が立ってダイキくんの父親をつかまえて訴えたこともあります。でも結局は人の家のことですからね……」
ダイキさんはアパートを借りてひとりで生活しはじめた。彼の母が亡くなってから半年しかたっていなかった。
どうしてもひとりにはできなかった
「ダイキくんはカウンセリングにも行っていたようですが、私も黙って見ていられなくて、いろいろ世話を焼きました。私がでしゃばるとお母さんを思い出させるから、かえってよくないかもと思いましたが、彼も素直に甘えてくれるようになっていたので。そもそも幼稚園のころから知っている子で、ユウタともいちばんの仲良しでしたから、放っておけない」少しずつ立ち直っていっているように見えたダイキさんだが、ときおり感情が不安定になることがあった。当然のことだろう。そんなとき、イズミさんはダイキさんのわがままをできる限り聞き、家で食事をさせた。
「あるとき、彼との連絡が途絶えたんです。LINEしても電話しても音沙汰がない。ユウタも心配だというので私がダイキくんのアパートに行ってみました。ドアには鍵がかかっていたので、手紙をドアの新聞受けに入れたんです。すると中から『おばさん?』というか細い声が聞こえて、ダイキくんが顔を出しました」
心配したのよ、どうしたのと言うと、ダイキくんは静かに泣き出した。彼はまだまだ立ち直っているとはいえない状態だったのだ。
「不憫でたまらなくなって、彼の頭を抱えこみました。本当にかわいそうだった。するとダイキくんが私の胸をまさぐってきたんです。私は彼をまるで赤ちゃんのように思っていたので、それも許してしまった」
イズミさんはそのまま彼と関係をもってしまう。彼の気がすむなら、と抱きしめているうちに「なぜかそういうことになってしまった」のだという。
それからダイキさんは、イズミさんの家には寄らなくなった。ユウタさんとは変わらず仲良くしているようだが、ご飯を食べにおいでとメッセージを送っても「今日はアルバイト先で食べます。ありがとうございます」と距離をとった返事が来るだけだ。
「あの一件で、彼は何かに目覚めたのかもしれません。現実を見つめなくてはと思ったのかもしれない。それならそれでいいと思う一方で、私の中では彼への未練みたいなものが渦巻いているんですよね。もちろん、関係を続けたいわけじゃなくて……。いや、正直言うと、彼を男として見ていたのかもしれない。そんな自分がとても汚く思えてたまらない」
後悔してもどうにもならないのだが、あんなことがなければ彼をもっと助けることができたのではないかと思うと、それもまた忸怩たる思いが芽生えてくるとイズミさんは言った。