「不倫の恋」にある暗黙の掟
こだわってはいけない…と思っていたけれど
「いつかクリスマスイブを彼と過ごしたい。それが夢だったんですよね。今年、その夢が叶ってうれしかったです」そう言うのはチハルさん(44歳)だ。同じ職場で働く3歳年上の彼とつきあって4年になる。職場にも家族にも知られず、ひっそりとつきあってきた。ふたりで会えるのは月に1回か2回。それでも彼女にとって、彼は「生きるエネルギー」なのだという。
10歳年上の夫と結婚して20年、ひとり息子は大学生になった。彼はイブはひとり暮らしの友だちの家に行くという。同居する夫の母は、今年は体調を崩して入院している。そして夫自身はどうしても行かなければならない出張でイブは家にいなかったのだ。
「こんなチャンスはありません。夫は仕事第一の人。いまだに食事がいるかいらないかも連絡すらしてこない。『家庭に支障があったらすぐに仕事を辞めてもらう』と言い放ったようなモラハラ夫です。私は子どもが大きくなるまではとひたすら我慢してきました」
そんな彼女を「女性として、人として」つきあってくれたのが職場の彼だ。いつも黒やグレーの服を着ている彼女に、「もっときれいな色が似合うと思うよ」とパステルカラーのニットをプレゼントしてくれたこともあった。
「私がきれいな色を着るのを夫が嫌がっていたんです。『おまえみたいな不細工に、きれいな色は似合わない、みっともない』と若いころに言われて着られなくなりました。彼にその話をしたら憤慨していましたね。彼のおかげで私は、少しだけ明るい気分でいることができるようになったんです」
彼女はとてもきれいな人である。夫はおそらく他の男性の目を怖れたのではないだろうか。実は妻のことを愛していて、だからこそ妻に自信をもたせなくなかったのではないか。非常に歪んだ感情ではあるけれど。
「彼と一緒にいると自分らしくいられる。それだけでよかったんです。でも今年はイブを過ごす最初で最後のチャンスかもしれない。彼にそう言ったら『わかった』と」
罪悪感と喜びが交互にやってきて
24日の夜、チハルさんは携帯の電源を切り、彼と待ち合わせたレストランに向かった。「会社からもそれぞれの自宅からも遠い場所に彼が予約を入れてくれて。個室だったので本当にゆっくりくつろげました。あんなに素敵なクリスマスイブは初めてでした」
そのまま予約していたホテルへ行き、早朝、ふたりはチェックアウトしてタクシーでそれぞれ自宅に戻った。
「日が昇ってから帰る勇気はなかったので(笑)。でも私、この思い出だけで一生、暮らしていけると彼に言ったんです。多くのことは望んでいない。あの夫と義母と生活していると本当に心が萎えるばかりだから、私の希望は息子と彼。でも息子は巣立っていく人だからひきとめられません。結局、私に残っているのは彼との温かい時間だけなんです」
ほんの少しの時間でいい。彼といられるなら、自分は強くなれる。彼女はそう思っている。
不倫の恋もさまざまである。相手の配偶者を挑発するようにつきあう女性もいれば、チハルさんのように「申し訳ない気持ちはいつもある」けれど、ほんの少し彼との時間があれば生きていけるんだとギリギリのところで恋をしている女性もいる。一概に不倫を断罪できないと思うのはそれが見えたときだ。
「一度、朝近くまで彼といられたからって、それが当たり前になるわけじゃない。一度でもそんな経験ができて幸せだと思っています。今以上を求めない、いいことがあったらサプライズプレゼントだと思うようにする。それが彼とつきあうようになってから私自身に課していることなんですよね。そうじゃないと常軌を逸してしまいそうだから」
先のことも考えない。人に自慢できることをしているわけじゃない。チハルさんはずっとそうやって自分を律してきたという。恋に惑わされることなく、目の前の彼をきちんと見て、好きな人と時間も心も共有できることに感謝している。
「どんなに偉そうなことを言っても意味ないとわかっています。彼のことが好きになればなるほど、せつない気持ちになるし、自分を罰したくもなる。だけどそれを突きつめていったら暮らしていけなくなりますから」
楽しかったのにせつない。複雑に心揺れるチハルさんがとてもきれいに見えた。