女性の健康

死亡者4000人増加か…HPVワクチンを接種しないリスク

【医師が解説】子宮頸がん予防に有効なHPVワクチン。HPVは中咽頭癌、肛門がん、陰茎がんなどにも関連するため、男性も無関係ではありません。日本では副反応の懸念から積極的勧奨が中止されたままですが、この影響で子宮頸がんにより死亡する女性が約4000人増加する可能性があるようです。HPVワクチンの効果、海外の接種率、安全性やリスクの考え方について考えてみましょう。

山本 佳奈

執筆者:山本 佳奈

内科医 / 女性の健康ガイド

HPVワクチン勧奨中止で子宮頸がん死亡者は4000人増加か

HPVワクチンの効果・副作用は?

HPVワクチンの接種率低下により、多くの女性が子宮頸がんのリスクにさらされています

日本では、2009年12月と2011年8月に計2種類のHPVワクチンが発売されました。その後、小学校6年生~高校1年生相当の女子を対象に2013年4月から2価と4価のHPVワクチンの定期接種が開始されましたが、2ヶ月後の6月には副反応の懸念から積極的勧奨を中止。現在も、HPVワクチンの積極的勧奨は中止されたままです。
 
厚生労働省が積極的勧奨を中止し、HPVワクチンの接種率は激減しました。その影響が大阪大学の八木先生らの研究グループによる調査により明らかとなりました。報告によると、定期接種の対象を過ぎた2000年度から2003年度生まれの女性では、子宮頸がん患者が約17,000人、子宮頸がんによる死亡者が約4,000人増加する可能性が示唆されるといいます。また、生まれ年度ごとのHPVワクチン接種率を算出したところ、1994から199年度生まれは55.5~78.8%であったものの、2000年度生まれの接種率は14.3%、2001年度生まれは1.6%、2002年度生まれは0.4%、以降1%未満と、2000年度以降生まれのHPVワクチン接種率は激減していたことがわかりました。
 

海外のHPVワクチンの接種率……特に接種率が高いイギリス、ポルトガル

冒頭で挙げた通り、日本は平成6~11年度生まれの女子のHPVワクチン接種率は70%程度だったのに対し、平成25年6月の接種の積極的勧奨中止などの影響により、平成12年度以降生まれの女子のワクチン接種率は劇的に低下し、平成14年度以降生まれの女子では1%未満の接種率となっています。

一方、米国疾病管理予防センター (CDC)の2013年の発表によると、アメリカでの13~17歳の女性への接種率は2012年では33.4%。欧州における接種率は、欧州疾病予防管理センター(ECDC)の2012年の報告書によると、イギリス80%、イタリア65%、フランス24%、ポルトガル84%と日本に比べると高い接種率が並んでいます。
 

日本でHPVワクチン接種率が低下した原因・背景

日本でも、2価HPVワクチンは2009年10月に、4価HPVワクチンは2011年に承認され、2013年4月から定期接種が開始されています。しかしながら、3ヶ月後に予防接種の積極的勧奨が中止されたこと、積極的勧奨が中止されたままであること、さらには副反応に対するネガティブなメディア報道を受けたことなどが原因で、現在も日本人のHPVワクチン接種率は大幅に激減したままです。
 
こうした日本の状況を受け、WHOのワクチンの安全性に関する諮問委員会(GACVS)は、2015年12月、「同ワクチンの接種勧奨に変更を加えるような安全性の問題はこれまでに見つかっていない」と述べました。さらに、日本のHPVワクチンの接種の現状について「若い女性が、本来予防しうるHPV関連がんの危険にさらされたままになっている」と言及しています。さらに、WHOは2017年に複合性局所疼痛症候群・体位性頻脈症候群は, 承認前後の報告でワクチン接種との直接の関連を認めなかったと副反応について声明を出しました。

また、日本産科婦人科学会は、HPVワクチンの接種勧奨が中止され5年間が経過した間に、国内外において、数多くの研究がなされ、ワクチンの有効性と安全性を示す科学的なエビデンスが、数多く示されたとの見解を2018年6月に出しています。
 

日本は「ワクチンに懐疑的な国」? ワクチン拒否は世界的な問題の一つ

産婦人科医であってもHPVワクチンについてのネガティブなメディアの報道によって悪影響を受けていることも指摘されています。しかし実際の外来では、男女問わず医師を中心とした医療者がガーダシル9を接種希望して来られることがあります。医療関係者のご家族の接種状況についてはわかりかねますが、母親が中学生くらいのお子さんを連れて、接種に来られることもちらほら見受けられます。
  
また、2019年には、世界保健機関(WHO)はHPVワクチンに限らず、ワクチン拒否を最も心配な10の公衆衛生問題の1つとしました。今年の9月、インペリアルカレッジロンドンのAlexandre氏らによるワクチンの信頼度の世界的な傾向についての大規模調査の結果がランセットに報告されました。この調査は、2015年9月から2019年12月にかけて、世界149か国の284,381人を含む290の調査から得られたデータを用いて実施されたものです。

その結果によると、ウガンダは87%、米国も半数を超える61%がワクチンは確かに安全であると回答した一方で、日本では僅か17%のみがワクチンを確かに安全であると回答しました。ワクチンは確かに有効であると回答した割合も、小児にワクチンは確かに重要であると回答した割合も、日本は世界で最下位レベルでした。また、2015年11月と比較して、2019年12月時点で、ワクチンの安全性、重要性、または有効性に強く反対する回答者の割合が高い10か国の一つに日本はノミネート。結果として、日本は世界でワクチンの信頼性が最も低い国の一つであることがわかったのです。ちなみに、この理由として、2013年にヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの積極的な推奨を控えたことが災いしているのではないかと考察されています。
 
参考までに、新型コロナウイルス予防ワクチンに関する調査を挙げたいと思います。オハイオ州立大学のPaul氏らが、2020年5月に2,006人の米国の18歳以上の成人を対象にオンライン調査を実施したところ、参加者の69%のうち48%は新型コロナウイルス予防ワクチンを間違いなく接種したいと回答し、21%はどちらかというと接種したいと回答していることがわかりました。また、ワクチンの接種を希望していた参加者は、希望していなかった参加者に比べて、ワクチンの効果や医師の推奨の有無、自身の健康状態などが、ワクチン接種の決定に重要であると示す傾向が強かったことがわかったといいます。
 
つまり、新型コロナウイルス予防ワクチンを接種するかどうかの決め手として、「医師が推奨しているかどうか」が決定において重要視するポイントの一つになっているようなのです。また、「2020年末までに新型コロナウイルス 予防ワクチンを接種する機会を得られると思いますか?」という問いが世界27カ国、2万人近くの対象者に対して行われたところ、世界の74%がワクチン接種を希望したのに対し、日本はなんと22%。中国では97%がワクチン接種を希望していた一方で、ドイツ(24%)やベルギー(23%)、ポーランド(22%)は日本同様にワクチンに対して懐疑的な態度であることがわかりました。
 

HPVのワクチン接種は受けるべきか……研究結果からの見地

HPVワクチンの有効性と安全性については、過去に多くの研究が発表され、HPVワクチンが子宮頸がんの前がん病変である高度異形成を抑制するという医学的コンセンサスは確立されていました。しかしながら、HPVワクチン接種とその後の子宮頸がんのリスクとの関連性を示すデータは不足していました。
 
ところが、今年の10月1日、スウェーデンのJiayoa氏らの研究グループが2006年から2017年の間に10歳から30歳だった約167万3千人の女性を対象とし、4つの型のウイルスに有効なワクチン(4価のHPV ワクチン)の接種と子宮頸がんの発症との関係を調べたところ、子宮頸がんの累積発生率は、予防接種を受けた女性では10万人あたり47人、予防接種を受けていない女性では10万人あたり94人と、4価のHPVワクチン接種は子宮頸がんのリスクの大幅な低下と関連していることがわかったのです。
 
HPVワクチン接種が、子宮頸がんの前がん病変である高度異形成を抑制するだけでなく、子宮頸がんのリスクの大幅な低下をもたらすと判明した一方で、日本ではHPV ワクチンの積極的勧奨は中止されたままであり、接種率は1%を下回っているというのが現状です。多くの国で接種が進み、子宮頸がんに罹患する女性が減る一方で、日本では増加すら示唆されている、という状況なのです。
 
2015年の国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、18歳から19歳の未婚の男性・女性で性交渉の経験があるのは、各々23.4%、20.5%ですが、20歳から24歳になると、48.9%、49.3%と大幅に増えることがわかっています。
 
性交渉によりHPVが感染することを考慮すると、大学生あるいは成人してから接種するという考え方でも良いのではないのでしょうか。その年齢であれば、ワクチン接種の有効性とリスクを自分で判断できるのではないかと私は考えます。
 
また、HPVには100種類以上の型があります。そしてこの中でがんの原因になる高リスク型は少なくとも13種類あり、このうちHPV16型と18型の2種類が子宮頸がんの原因の7割を占めています。HPV感染の多くは免疫力によって排除されますが、持続感染してしまうとがんになるのです。その最も一般的なものが、子宮頸がんで、子宮頸がんのほぼ100%は高リスク型HPVが原因です。子宮頸がんは、20代後半から40代前半の女性が発症しやすく、日本では毎年1万人が罹患し、約3000人が死亡していると推定されています。母親が幼い子供を残して亡くなっていることから、マザーキラーとも呼ばれています。
 
そして、HPV感染は子宮頸がんだけでなく、他のがんにも関連していることがわかってきました。中咽頭癌もその一つです。オーラルセックスを介して、喉の粘膜細胞に感染したHPVが周辺の細胞を癌化させるのです。
 
アメリカ疾病管理センター(CDC)が2011年から2014年のデータ解析を行ったところ、口腔部のHPVの罹患率は、18~69歳の成人で7.3%であり、男性で11.5%、女性で3.3%であることがわかりました。また。高リスク型の口腔部HPVの罹患率は、18-69歳の成人で4.0%であり、男性で6.8%、女性で1.2%でした。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのCatherine H Mercer医師らの2010年から2012年の調査によると、英国におけるオーラルセックスの頻度は、25歳から34歳の女性では79.7%、男性では80.0%。Megan Scudellari氏は、Nature誌において、オーラルセックスを介することによって、HPV陽性の頭頸部癌が近年急増しており、1985年の16%から2025年には90%にまで達すると推定されている、と述べています。
 
他にも、膣がんや外陰がん、肛門がんや陰茎がんもHPV感染が関連していることがわかっています。HPVワクチンを接種することは、パートナーへHPVを感染させないだけでなく、男性もHPV感染による頭頸部癌や肛門癌などHPVに関連したがんを予防できるメリットがあるのです。

■参考
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