不倫で何もかも失い、生きる気力もない日々
不倫は世間の価値観では、決していいことではない。犯罪ではないとはいえ、発覚すれば多くのものを失う。実際、発覚してから人生が狂ってしまった男性に話を聞いた。
本気の恋だった
オサムさん(45歳)は現在、ある会社の閑職にいる。2年前までは社内の中枢でバリバリ仕事をしていた。閑職においやられたのは社内不倫が発覚したから。
彼女であるユウコさんは10歳年下で、直接の部下ではなかった。社内の有志で活動していた写真サークルで親しくなった。
オサムさんは3人兄弟の末っ子で、中高と男子校、大学は理系。スポーツはずっとバスケットボールをやっていた。常に同性に囲まれていたからか、恋愛にはおくてだったという。
「新入社員のころ、先輩に連れられていった飲み会で初めて合コンというものを味わいました。ほとんど話すこともできなくて、料理を取り分けたりお酒を追加したりと下働きに徹していた。男社会の体育会系ですからそういうのは得意なんです。そのとき、僕に目をつけてくれた女性がいて、少しだけつきあったことがあります。最終的には『合わないと思う、ごめんね』とフラれましたが」
話し方も表情も実直な男性である。つきあうには物足りなくても、こういう男性を夫にしたら妻は安心感が強いかもしれない。
オサムさんは28歳のとき、ほとんど恋愛経験のないまま親戚がもってきた縁談で結婚した。
「恋愛市場にいるのがイヤだったというのが本音ですね。30代で楽しそうな独身の先輩は社内にたくさんいましたが、僕は一生、恋愛も結婚もできないかもしれないと思っていた。だから縁談に乗ったんです。妻となった女性はひとつ年下。明るくて大らかな感じだったので、すぐに結婚を決めました」
30歳で長女を、32歳で次女を授かった。男社会で育ったオサムさんが、今度は女性に囲まれる家族を築いていったのだ。
「妻が大変だというのはわかっていたんですが、ちょうど僕もそのころは仕事でがんばらなければいけない時期。だから土日はなるべく家事や育児をしたつもりです。妻にも『いつもありがとう』と声をかけていた。妻とはほとんどケンカをしたことがないんです。こんな僕と結婚してくれたことにいつも感謝していたから」
家族仲もよく、仕事も順調。子どもたちはすくすくと育っていた。いったんは専業主婦となった妻も、下の子が小学校に上がったころからパートで働き始めた。夢をもって資格試験の勉強も始めた妻を、オサムさんは心から尊敬していたという。
恋は魔物……
4年前、社内の写真サークルに入ってきたユウコさんは人懐こい性格ですぐにみんなに溶け込んだ。なかでもオサムさんを頼りにしてくれていたという。「写真の撮り方がわからないと、すぐに僕に聞いてくれる。一緒にカメラを見に行ったり写真展に行ったり。写真の好みがピッタリ合っていたんです。僕はデートのつもりではなかったけど、あるとき彼女が『一緒にいると楽しいです』とじっと見つめてきた。そのとき初めて体が震えるような感覚がありました。これが恋というものなのか、と」
照れたようにオサムさんはうつむいた。そこからふたりは一気に親しくなっていく。
もちろん、彼には大事な家庭があり、命に代えても惜しくない娘たちがいる。そのことはユウコさんも承知していたはずだった。
「だけど1年もたたないうちにユウコが離婚してと言うようになった。つきあっているうちに気持ちが変わるのはわかるけど、僕はそれだけはできない。それからはたびたび揉めましたね。別れたほうが彼女のためにもなると思ったんですが、別れると言うと彼女は『死んでやる』と。怖かったです」
そしてついに彼女は、彼の自宅にまでやって来た。週末、家族で食事に出かけて帰宅すると自宅マンションのエントランスの影に彼女が隠れていたのだ。
「車に忘れものをしたといって妻と子どもたちを先に自宅に帰し、彼女に目配せして近くの公園に行きました。彼女はただただ泣くばかり。家族の姿を見てショックだったと。だからもう別れよう、そのほうがいいと言ったんだけど聞く耳を持たない。その日は結局、彼女をなだめるのに時間がかかって妻に疑われました」
翌日、ついに彼女は妻に接触してきた。会社を休んで彼の自宅へ行き、すべてをバラしたのだ。同時に彼女はオサムさんの上司にも話をしていた。どうやら会社に行って上司に話し、その足でオサムさんの自宅へと向かったらしい。
「午後、いきなり上司に呼ばれていろいろ聞かれました。夕方には妻からも連絡が入って。早めに帰宅して妻にはひたすら土下座です。ユウコは家の中で大声を出して暴れたために帰宅した子どもたちにまで話がわかってしまったと。妻は静かに『出て行って』と言いました」
その日は近くのビジネスホテルに泊まった。翌日、会社でユウコさんが手首を切って救急搬送される事件が起こり、上司から「かばいきれなくなった」と言われる。
「何もかも失いました。ユウコはそのまま退職しましたが、僕が今のまま仕事を続けるようであればもっと大々的に訴えてやるという言葉を残したんです。それで社内の閑職へ。妻からは離婚を言い渡され、なんとか助けてほしいと頼みましたが聞き入れてもらえませんでした。それどころか二度と娘たちにも会わせない、と」
現在は小さなアパートでひとり暮らし。妻と子どもたちは妻の実家で暮らしている。家のローンも残っているし養育費も払わなければならない。オサムさんは「生きているのが不思議なくらい」気落ちして、事件から半年で10キロ以上痩せたという。
「コロナの自粛期間はほとんど狭い部屋にひとりでじっとしていました。仕事といえるほどのものがあるわけでもないし……」
このまま会社をクビになってもおかしくないと彼は思い続けていた。生きているのもイヤになった。
「だけど最終的に踏みとどまったのは、いつか娘たちに会って謝りたいから。手紙は送りましたが返事はもらえない。妻が子どもたちに見せていないのかもしれない。こんなことになってしまったけど、僕は娘たちだけは本当に愛している。それをわかってもらいたくて」
10月になって少し会社で変化があった。来春から第一線に復帰できるかもしれないと上司から言われたのだ。
「まだわかりませんが、ほんの少し希望が見えてきたような気がします。実際にはどうなろうと、希望があると人は生きていこうと思える。そのことがありがたいと痛感しています」
人生、どこで何があるかわからない。彼を愛した彼女がいけなかったのか、不倫をした彼がいけなかったのか。ただ、これほどまでの制裁を受けた彼が少し気の毒な気もする。