バーチャルセフレだったのか、本物の恋だったのか……
恋をすると相手に、そしてその状況に夢中になる。これが「本物の恋」だと思い込み、全身全霊で相手を思うものだ。ところがその恋に影がさし、相手の態度が変わっていくと、「いったい、あれは何だったのだろう」と思うようになることも多い。
心の穴を埋めてくれた彼
「夫がいても子どもがいても、寂しいものは寂しいんです。完璧な家庭なんてない。彼は私の心の穴を埋めてくれる存在でした」
そう言うのはショウコさん(44歳)だ。1つ年上の男性と結婚して14年。12歳と10歳の子がいる。共働きでがんばってきたのだが、下の子が小学校に入ったころからショウコさんはときどき心の中に冷たい風が吹くような思いをすることがあった。
「下の子が成長してほっとしたんだと思います。振り返るとふたりとも病気をしたり大きなケガをしたりして、そのたびに大変な思いをしてきたけど、なんとか仕事も辞めずにすんだ。でも一方で、夫とは完璧に家族になってしまって恋心はいっさいない。夜も別室、会話はスケジュールや子どものことなどで、お互いの気持ちがわからなくなっている。それが平和だということはわかっているけど、とにかくなんだか虚しくてたまらなくなっていました」
今年の初め、3日間ほど地方へ出張した。着いたその晩、夕食をとるために行った居酒屋で出会ったのが6歳年下の彼だった。
「彼もひとりで来ていて、カウンターで隣同士になったんです。なんとなく話してみたら気が合って。出張で来ていると言ったら、『少し時間とれないかな。このあたりを案内したいんですが』と言われて。彼は地元の人でした。家庭の話になると、『離婚したばかりなんです』と寂しそうでしたね。彼は翌日が休みだという。私も仕事が早めに終わりそうだったので、夕方会う約束をしました」
彼は車でやってきてさまざまな場所を案内してくれたという。地元の人ならではの話は、彼女の仕事にも役立った。夕方から一緒にいて、彼女がホテルに戻ったのは午前3時だった。すっかり意気投合して話し込んでいたからだ。そのときは自分が恋に落ちたとも思っていなかった。
「帰る日に彼が駅まで送ってくれました。知り合えてよかったと言ったら、また遊びに来てねと彼。いい友だちができたと思っていました」
ところが自宅に戻ってからも、彼のことが頭から抜けなかった。出張中、夫はがんばって家事をきちんとやってくれていたし、子どもたちも不自由をしただろうが、意外と自分がいなくてもなんとかなるものだと彼女は感じた。ありがたい半面、そこにも一抹の寂しさはあったという。
彼とバーチャルで燃えて
翌朝、彼からメッセージがあった。「本当はきみを帰したくなかったって書いてあって。それを見たとき、私も同じ気持ちだったとわかりました。彼を好きでたまらない気持ちが一気に吹き出してきた。その日からお互い、自分の過去と今をメッセージしあって、まるで自叙伝の書きあいみたいに。知ってほしかったんですよね、自分のことを」
最後は必ず「会いたい」になった。仕事の都合で、今年は何度かその地方に行く予定があった彼女。ところがコロナ禍で出張は立ち消えになる。
「私にも家庭があるし、遊びに行くのも無理。うちは夫婦ともども在宅ワークになって、家族で顔をつきあわせている時間が長かったので、彼からのメッセージだけが私の心のよりどころになっていきました」
仲のいい家族でも、毎日朝から晩まで一緒にいると互いにストレスもたまっていく。ショウコさんの気持ちは一気に彼に傾いていった。彼も同じだったようだ。
「私たち、セックスはおろかキスさえしていないんですよ。なのにお互いに本気になってしまった」
そこからメッセージの内容も変わっていく。彼のほうからメッセージやテレビ電話をつかったセックスを提案してきたのだ。
「ふたりともはまってしまって。深夜、彼はわざわざコンビニに行くといって外に出てテレビ電話をしてくるんです。私はトイレに籠もって……。リビングには夫がいてテレビを観たりしているのに、何をしているんだろうと思いながらも燃えてしまう」
週に1度ほどの楽しみだと最初は思っていた。だが、だんだん彼女はそこから抜けられなくなっていく。
「どうしても彼に会いたい。私は離婚してもいい。そこまで思いつめてしまったんです。あるとき彼にそんなメッセージをしたら、彼がドン引きしたみたい。9月になって出張が解禁になったので彼の住む町へ行くと言ったら、『その日はどうしても仕事があって会えない』って。それからはメッセージも来なくなった。急に気持ちが変わったのか、もともと私はバーチャルセフレだったのか。後者なんでしょうね」
バーチャルセフレ。コロナ禍のならではの関係なのか、あるいは今後、こういう関係が増えていくのか。
「何度メッセージを送っても彼は読んでもくれない。どうしてそんなに急に心変わりしたのか、最初から遊びだったのか、どう考えても割り切れないんです」
彼女は激しい口調でそう言ったあと、体の奥から声を絞り出した。
「あきらめなくてはいけないのはわかっているんです」
彼から連絡が来ない。メッセージも読んでくれない。それが彼の「意志」なのだと思うしかない。それ以上でもそれ以下でもないのだろう。
恋を失うと、それを得る以前の生活や気持ちには戻れない。恋を経た人生をこれから歩むしかない。たとえどんなにつらくても。