既婚だけど“初恋”に落ちた私
結婚してから、生まれて初めて恋をしたという女性がいる。恋して彼女は、初めて「感情」の揺れ動きを経験したという。恋にはまった彼女を断罪することはできない。
私が私でいられる時間
「不倫なんていけないことだというのはわかっています。ただ、私にとっては彼が唯一、何でも話せる人だったし、落ち着ける場だったんです」
そう言うのはアキコさん(40歳)だ。地方の「名士」と見られている父、家柄の「正しい」母との間に生まれ、厳しく育てられた。
「どうしても東京の大学に行きたかったのですが、両親は地元でなければダメだと言う。そこで地元の大学は解答用紙を白紙で出しました。唯一、試しで受けるだけと言って受験した東京の大学に受かったんです。一か八かの賭けだった。そうでもしないと家を出られなかったから」
大学生活は楽しかった。だが、彼女は親戚に預けられていたため、自由に東京の大学生活を楽しむことはできなかった。
「友だちがアルバイトをしたり、連れだって遊びに行ったりするのに、私は親戚の家に夕方までには帰って食事をともにしなければならない。遊べる場所があるのに遊べないのはつらかった。大学を出るとすぐ、親戚の紹介で見合いをさせられました。受ければ東京で暮らせる。結婚して独立すれば親の監視もなくなるだろうと結婚を決めたんです」
親から自由になるための結婚をしたのは23歳のとき。一度も社会に出ることなく、アルバイトすらすることなく、アキコさんは結婚した。
「相手の家で新居を用意してくれ、いきなり新婚夫婦が都内の一軒家に住んで。今の社会情勢を考えたら信じられないような話ですよね。通いのお手伝いさんもいました。私はよく知らなかったけど、相当な家だったんですよね、夫のほうは」
10歳年上の夫には、絶対逆らってはいけないと両親に言われた。何でも「はい」と言うことを聞いているうちに、子どもが3人産まれた。上ふたりは男の子だ。
「義父母が大喜びして、『やっぱりあなたでよかった』と褒められました。夫は何度か見合いをしたらしいんですが、どの女性も『男の子を産めない』と占いで言われたらしくて。私はなんだかバカバカしいところに嫁に来ちゃったんだなと思っていました」
ただ、子どもたちはかわいかった。義父母が保育士の免許をもつ女性をつけてくれたので、子育てにもそれほど苦労はしなかった。恵まれた結婚生活だったのだ。
「ただ、私は何のために生きているんだろうとよく思っていました。夫はちょっと変わった人で、子どもが小さいころ、子ども部屋に保育士さんもいるのにそのドアの前の廊下で私を襲ったりするんです。スリルがほしかったのか、刺激がないとできなかったのかわからないけれど。私は夫のことを嫌いではなかったけど、地位も名誉もある人がこういうことをするんだと冷めた目で見ていましたね」
アキコさんはいつでも冷静だった。冷静さを保っていなければ、退屈なお金持ちの生活を送ることができなかったのかもしれない。
操り人形から脱したい
30代に入り、子どもたちがみんな学校生活を送るようになると、アキコさんに心の隙間ができてきた。「親の言うなりに成長して、結婚したら今度は夫の言いなりになって……。私は自分というものをまったくもたないまま生きてきたことに気づいていました。子どもたちだって、これからは自分の世界を作っていく。私は子どもたちに窮屈な思いをさせたくなかったんです、私のように。だからできる限り、夫や義父母の目を盗んで自由に生きるよう吹き込んで育てたつもりでした」
そんななか、自分だけが羽ばたけずにいる。夫は仕事で多忙だったから、アキコさんに時間だけはたっぷりあった。
「とはいっても働いたこともないから働けない。そこでボランティア活動に精を出しました。自分にもできることがあるのは大きな喜びでしたね」
3年前、そのボランティア活動で知り合ったのが、同い年のタケルさんだ。彼も既婚だったが、地域のために貢献したいとできる範囲で活動していた。
「彼はいつでも明るくてさわやかな男性なんです。こんなににこにこしている大人の男性を私、見たことがありませんでした。父も夫も義父も、みんなしかめっ面ばかりしているタイプでしたから(笑)。話をするようになってから徐々に距離が近づいていきました」
恋などしたことがなかったアキコさんは、自分がどうふるまえばいいかわからない。彼を好きだという気持ちに気づくだけで1年かかった。
「彼は普通に話してくれましたが、それ以上は近づいてこない。恋愛はしたことがなかったけど、自分の気持ちを表現しないと恋が始まらないことはわかっていましたから積極的に『相談に乗ってほしい』とふたりきりで会う約束をとりつけました」
出会ってから1年半以上が経過していた。そこでようやくふたりきりで会うことができ、彼女はますます彼のことが好きになった。彼もまんざらではないと感じた。
そして次に、彼女はホテルのティールームを指定、自分は部屋にいて彼に来てくれるよう頼んだのだという。
「ちょっと体調が悪くなったので部屋まで来てもらえませんか、とメッセージをして。彼が来たとき、ドアを開けるなり私、彼の胸に飛び込んでいったんです。どうしても彼とひとつになりたかった。どんなに言葉を尽くしても気持ちは伝えられない。実際に彼の体を感じたかった」
彼は「ダメだよ」とは言ったものの、彼女の身を挺しての愛情表現を拒絶しきれなかった。ふたりは今も月に数回、会っている。彼女の恋心は最高潮に燃え上がったままだ。
「あなたも僕も、家庭でバレたら終わり。僕は仕事も家族も失うだろうし、あなたは家から追い出されるだろう。だからバレないように慎重に続けていこう。彼はそう言っています。私ももちろん子どもたちと離れたくない。でも、人を好きになるってこんなに気持ちが波立ったり苦しくなったりするものだと初めて知りました。つらいけど好き、好きだけど苦しい。ときどきどうしたらいいかわからなくなります。それでも、彼といるときの私は、本当の私。私の居場所はここ。そんな気がしてなりません」
大人の初恋に戸惑う彼女が、かわいくもあり危うくもある。一気に突っ走っていきそうな雰囲気が、彼女を妖艶にしている。どこかのタイミングで、それぞれが円満に家庭に戻れればいいのだが……。