アラフィフ女性の恋~20数年の時を経て
知り合って20数年になるリサコさん(51歳)。久々に会うと、「このところ更年期症状がひどくて、医者に通ってるの」と言いながらも、いつもながら穏やかな笑みを浮かべている。年に一度くらい会う友人なのだが、この人が落ち込んでいるのを見たことがない。ずっと独身で、恋愛話も聞いたことがない。ところがこの日は様子が少し違っていた。
誰かに知っておいてもらいたい
リサコさんは、「乳がんかもしれない。精密検査をして今、結果待ち」と言った。健康だけが取り柄だったのにと笑う。「まあ、そのときはそのときだけど、なんとなく知っておいてもらいたくて」
彼女はふっとため息をついて、言葉を継いだ。
「もうひとつ、知っておいてもらいたいことがあるの。私、24年くらい、既婚男性とつきあっているのよ」
この告白には驚かされた。
彼女は地方出身で、東京の大学を卒業後、とある有名企業で働いてきた。仕事も趣味も、さりげなく楽しく取り組む。そんなタイプの女性だ。決して出世にこだわったわけではないが、今はそれなりの地位も得ている。
彼女と知り合ったのは、共通の知人がいたからで、当時、独身女性が家を買うことについての取材をしていたためだった。
「そう、マンションを買ったんだけど、あれは不倫が始まって、私、一生彼とつきあっていきたいと思ったから」
相手は同じ会社の3年先輩。今は異なる部署にいる。
「24年……。長いようで短かったと思う」
別れようと思ったことももちろんあるという。周りがどんどん結婚していき、彼女にも彼にもさまざまな変化があった。
「あとから知ったんだけど、彼と恋に落ちたとき、彼の奥さんが第3子を妊娠中だった。知ったときは複雑な気持ちになったわね。私は彼の性欲のはけ口だったのかなって。でも彼は『とにかく好きなんだ、本気なんだ』って。私のほうももう恋心に火がついていたから、やめることができなかった。35歳になるころは、このままだと子どもが産めないんだなと思って。子どもがほしいなんて思ったことはなかったんだけど、あのときは焦りに似た気持ちがあった」
彼は何でも話してくれた。家族のこと、子どものこと。彼の両親や親戚のことまで彼女は知っている。多感な時期の娘とどうやったらうまくつきあっていけるのかと相談をされたこともある。
「家族外家族、みたいなヘンな役割だった。それ、妻に相談するべき話でしょという内容も多かったし。それでも彼が自分の人生を私とシェアしたいんだなとうれしかったりもしたのよね」
妻と彼女はまったく面識がない。彼がどううまく立ち回っていたのかわからないが、妻から連絡が来たこともないし、彼が「妻に疑われている」と言ったこともない。
このままつきあい続けるしかない?
彼女が克明に不倫の話を始めたのはなぜなのか。乳がんの疑いがあって不安を覚えたからだろうか。「乳がん疑惑を告げられたとき、私、これは彼には言えないと思ったの。彼もちょっと病気で入院したことがあるんだけど、そのときは検査結果を聞いてすぐ私に電話してきたくらい。ただ、私は話せないと思った。もしかしたら私がそういう人間なのかもしれない。結婚していても、夫にすぐに乳がんかもしれないと連絡できないタイプなのかも。でも、こんな重要なことをすぐに話せない人とつきあっていていいのかな、と一瞬、思っちゃったの」
つきあって24年にして初めて、心の奥底が揺れた。それまでの迷いは、自分の本心と世間体のせめぎあいみたいなものだったが、今回は自分自身に対して「いいのか?」と問いかけたくなったのだという。
「彼への気持ちが変わったわけではないんだけどね。自分でも意外だったから。だけど考えてみたら、私は父が死んだときも彼にはすぐに知らせなかった。私のことで彼を煩わせてはいけないというのが習慣になっているのかもしれないと気づいちゃった」
知らず知らずのうちに我慢を重ねていたということなのだろう。少しずつ、彼女の中に不満に近いものがたまっているのかもしれない。
「不満……というのではないと思う。私は彼と知り合って一緒に人生を歩んできたことを後悔はしていないの。限られた状況の中だけど、私、彼に愛されているという実感があるし。でも、この年になって、今から別の人生を歩くのもアリかなという気はしてる。せっかく今までつきあってきたのだから最後まで一緒にという気持ちもあるんだけどね」
これからはお互い、大きな病気のリスクも増えていく。彼が病気になったとき、彼女は為す術がない。不倫関係とはそういうものなのだ。
後日、彼女から連絡が来た。乳がんではなかったという。
「結局、彼ともそのまま。だけど乳がんだったら、私、きっと彼に別れを告げていたと思う。私が怖かったのは、やっぱり彼を煩わせることだったみたい。我慢しているつもりはないけど、もうそういう関係になってしまっているのね」
彼の気持ちや時間を、無理して自分に使ってほしくない。彼女は心底、そう思っているようだ。既婚男性とつきあい、家族も含めた彼の存在そのものを大事に考えてきた彼女の「思い」は強く、そして潔い。