「自分の尊厳」を考えさせられた夫の浮気
夫の浮気疑惑が生じても、「真相を知ったところで何かが変わるわけでもないし、家庭を壊さないのであれば深くつつく必要もない」とやり過ごす女性は多い。「夫に特に関心がないから」と苦笑する妻たちがいる一方で、「真相を知りたい」と果敢に夫を追い込む女性もいる。
見て見ぬふりはできない
「お互いに好きで結婚して、ひとつの家庭を作っているわけですよね。愛情という名のもとに。それを裏切られて、私はどうしても我慢できなかったんです」
勢いよくそう話すのは、マリさん(46歳)だ。同い年の男性と結婚して17年。年子である中学生の娘がふたりいる。夫の様子がおかしいと思ったのは、2年ほど前。帰ってくると家族との語らいを楽しんでいた夫が、ふと空を見つめることが多くなったのだ。
「心ここにあらず、とまでは言わないけど、私が話しかけても聞いてないこともあって。仕事が忙しいのかなあ、体調が悪いのかなと心配していました」
そんなとき、夫の妹からマリさんに連絡があった。もともとマリさんは彼の妹と職場が一緒で、兄である彼を紹介してもらったという経緯がある。結婚後、マリさんは転職したが、義妹とは仲良くしていた。
「義妹が夜、うちにごはんを食べにきたとき、『マリちゃん、落ち着いてね。夜のラブホテル街で兄貴を見かけたの』ってこっそりと打ち明けたんです。ラブホ街で見かけたからといって、即、浮気というわけではないと思うけど、若い女性と腕をからめあってホテルから出てきた、と義妹は言いにくそうに……。真っ先に思ったのは、ああ、やっぱり夫は恋しているのかということでした。恋するとちょっとぼうっとしたり、人の話が耳に入ってこなかったりするから」
ただ、その後に襲われた感情は、「一対一の男女関係を選んだはずなのに、ルール違反だ」ということだった。
「浮気するくらいなら結婚しなければいい。生涯、ひとりの人だけを愛すると誓ったのに、彼は自らその誓いを破った。そして私はそのことに傷つけられた。感情的になるというよりは、妙に論理的にそう思いましたね」
自分にとってショックなことを知ったとき、人の反応はさまざまだ。頭にカッと血が上る人もいれば、受け止めきれずに拒絶反応を示す人もいる。マリさんの場合は、「夫の行為によって傷ついている自分」を客観的に見つめていた。
夫を追いつめて得られたものは
「我慢ができないとか、そういう感情的なものではなく、とにかく夫が結婚における契約違反をしたこと、それによって私を傷つけていることをどう思っているのか知りたかった。だから夫を問いつめたんです」最初は知らぬ存ぜぬで突き通していた夫だが、連日、理屈で追いつめてくる妻に対して、だんだん耐えられなくなっていったそうだ。
「ホテルに行ったことは認めましたが、何もしていないの一点張り。それは保身のために言っているのか、あるいは私にショックを与えないためなのかとさらに問いつめて……。何を知りたいんだ、と夫に聞かれて、ふと我に返りました」
真相を知りたいと思っていたマリさんだが、それを知ってどうするつもりなのかは考えていなかった。相手に非を認めさせ、そこから何を得ようとしているのか。
「そのとき私、やっと気づいたんです。私は自分自身の尊厳を守りたいんだ、と。妻としての保身ではなく、私というひとりの人間の尊厳を。ではどうしたら自分の尊厳を守れるのか。それがわからなかった」
夫からの謝罪なのか、あるいは愛の言葉なのか。契約違反に対するペナルティなのか。
「ホテルに行ったのは軽はずみだった。だが自分は家庭を何より大事だと思っている。マリのことも大事な存在だと思っている」
夫はそう言った。それでマリさんの尊厳は保てたのだろうか。
「今もわからないんです。問いつめたことがよかったのかどうかもわからない。ただ、夫は冷静に追求してくる私を怖いと思ったようですね。泣いたり騒いだりしてくれたほうがましだったんじゃないでしょうか」
今は平穏な生活が戻っている。いつか夫婦で、この話をまたすることがあるのだろうか。時間が何かを解決するのか、マリさんはときどきそんなふうに感じているそうだ。