夫婦は"空気のような存在"? 失って初めて実感した愛情
夫婦は"空気のような存在"だと思っていた
夫の急逝
何が起こったのかわからなかったと、カホリさん(45歳)は重い口を開いた。1年前、3歳年上の夫が急逝したのだ。朝、出勤していって夕方には病院で息もしなくなっていた。「脳梗塞でした。本人としては何か前兆があったんじゃないでしょうか。でもふだん丈夫な人だからそれを見逃していた。朝、会社の最寄り駅のホームで倒れてそれきり意識を取り戻しませんでした。私はパート先で連絡を受けて、すぐ病院に駆けつけました。とにかく何がどうなっているのかわからなくて……」
当時、結婚して13年、子どもは11歳と9歳。すぐに近所の人が病院に連れてきてくれたが、ふたりともひと言も発しなかったという。
「お通夜、お葬式の間も自分が何を考えていたのか覚えていない。ようやく泣けたのは四十九日の納骨のときでした」
その数日後、ひとりの女性が訪ねてきた。夫と仕事でつながりがあったという。
「彼女はもともと会社で夫の後輩だったそうです。結婚して退職したものの、結婚生活がうまくいかなくなって別居、離婚した。そのとき夫が相談に乗り、仕事まで世話したとか。夫と彼女がどういう関係だったのかはわかりません。ただ、彼女は夫を『誰にでも優しかった。とことん親身になる人だった。人として尊敬している』と言ったんです。外で人の世話ばかり焼いていたんですね。うちではごろごろしてばかりいましたけど、それだけ家がリラックスできる場だったのかなとも思いました」
夫婦仲は悪くはなかったが、よかったと言えるほどでもないとカホリさんは感じていた。その彼女が夫とどういう関係にあったにせよ、夫を尊敬してくれる人にお線香をあげてもらえてよかったとカホリさんは思うことにした。
実は強い信頼関係があったと再確認
ところが夫が逝ってからわかったことがある。ときには口げんかもしたけれど、カホリさん自身が否定されたことは一度もなかったこと、そして彼女が言いたいことを我慢したこともなかったことを。「何でも言えましたね、夫には。頭ごなしに怒り出すことはないとわかっていたからでしょう。私自身も夫の人格を否定するようなことは言わなかったけど。そういう意味では、実は私たちには強い信頼関係があったのではないか。夫がいなくなって半年ほどたってから、そんなことも考えるようになりました」
恋愛時代から、あまりベタベタしないふたりだった。だが、言いたいことは言っていたし、夫から何か我慢を強いられたこともない。
「そういえばあるとき、夫が『カホリとは男同士でケンカしているみたいだ』って笑ったことがあった。他の夫婦をよく知らないけど、私たちは友だちみたいな関係で、非常に仲がよかったんじゃないかと思い至りました」
子どもたちも一緒に週末の夜はよく夜更かしをした。トランプや百人一首など昔ながらのゲームを家族で楽しんだ。そろそろ麻雀を教えたいと夫は言っていたっけ。
「最近ですよ、猛烈に寂しくなったのは。ふと気づくと心の中で夫に話しかけている。そしてもういないんだということを実感する。その繰り返しです」
大切なものはなくしてから、その大切さに気づくのかもしれない。配偶者を亡くした人を「ボツイチ」と呼ぶらしいが、カホリさんはその言葉を口に出すことはまだまだできそうにないという。
「月日がたつにつれて悲しさが深くなっていくことを初めて経験しています。父を亡くしたときでも、こんな体をもぎとられるような痛みは感じなかった。他人同士が一緒になって家庭を築くって、自分が思っているより大変なことだったし、私にとって重要なことだったのだと今さらながら感じています」
この先、夫との思い出を抱えて生きていこうとカホリさんは思っているが、「思い出だけで生きていけるものなのかなとも感じて、不安ですね」と小さな声でつぶやいた。
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