“かっこわるい”日常にイラっとくるけれど
周りと自分を比べても意味がない。それはわかっているけれど、つい比べてしまうのが人間というもの。そして比べればストレスがたまっていく。
ようやく手に入れたマイホームだけど
結婚して18年、夫婦でがんばって働いてきて、8カ月前にようやく中古マンションを手に入れたのはヒカルさん(47歳)だ。ずっと夫の会社の借り上げマンションに暮らしてきたため、新居を手に入れたときは舞い上がるような気持ちだった。高校生と中学生の子どもたちが自室をもって喜んでいるのもうれしかった。
「うちなんて中古で買っているし、地域的にもそれほど気取った場所ではない。でもマンションの他の居住者が妙にかっこいいんですよ。隣は50代くらいのご夫婦だけ、その向こうはうちと同じ4人家族なんだけど、奥さんは専業主婦で習いごとをたくさんしているんですって。子どもたちも私立中学、私立高校に通っている。うちは公立ですからね。それでもローンを考えると、めいっぱいの生活。半年もすれば家の中は片付かなくなってイライラするし」
どうしてかっこいい生活が送れないのだろうと情けなくなったという。くわえて久しぶりに出席してみた女子高の同窓会で、一戸建てに住んでいる元同級生が多いと知った。
「家具はやっぱり北欧よねとか、どこそこのレストランのランチが5000円って安いわよねとか、私からするとついていけない話ばかり。うち、共働きといってもふたりとも給料が安いんです。だから共働きでなければやってこられなかった」
格差に立腹しても始まらない。上を見ても下を見てもキリがないのだ。
「それでも同じ高校を出たのに、私は必死で働いてこんな生活、彼女たちは働かずに楽な生活。どこでどう違ってしまったのかなと考え込んじゃいました」
どの家にも“秘密”がある
すっかり落ち込んだ同窓会、ヒカルさんは一次会だけで帰ることにした。追いかけてきたのは、当時、仲良くしていたマリエさんだ。「彼女とは15年くらい連絡がとれなくなっていたので、ふたりでカフェに行ってゆっくり話すことにしました。そこで聞いたのは、彼女の壮絶な人生だったんです」
マリエさんは27歳で結婚、子どもにも恵まれたが、その後、夫が自殺を図って意識のないまま5年後に亡くなった。義父母には「あんたが息子を死に追いやった」と言われ、その土地にはいられなくなる。ところが彼女はすでに両親が離婚、頼るところもなく極貧の生活を送ってきたのだという。
「水商売もしたけど子どもが大きくなるとそうもいかない。朝から晩まで働いて、あげく息子が非行に走ったり行方不明になったり」
40代になってから、昔から好きだった料理の道に挑戦、今はようやく、とある店でシェフの右腕として働くまでになった。
息子もすっかり落ち着き、いろいろ苦労はしたものの20歳になってから大学へ通い始めた。やっと自分のやりたいことも見つかったようだという。
「今だってうちは極貧よ。安いアパート住まいだし、私なんて高い服ももってない。みんなの会話にはついていけなかったけど、でも私は私ひとりでも好きな道を行く決意はできてる。ヒカルもそうでしょって言われて、周りが羨ましいって思っていた自分が恥ずかしくなりました。人それぞれ、幸福感も価値観も違う。惑わされてはいけないなと彼女に教えられました」
かっこわるい日常も、時間に追われて余裕をもてない日々も、これは自分が選んだこと。そう思えたら、きっとイラッとくる瞬間は減るに違いない。ヒカルさんはそう思いながら暮らしている。