コーヒーを飲みながら読む本は、軽やかで明るい気持ちになれるものを選びます。私のお気に入りは30年前に出版された本になりますが、イラストレーター安西水丸さんのエッセイ『青山の青空』。
今なお、クスっと笑えて、なぜか新鮮、イラストも素敵な1冊です。
コーヒーには本が似合う。読みたいのはカラッと明るい作品
コーヒーを飲みながらパソコンに向かう時代。私もそのひとりですが、パソコンに夢中になっていると、ふと、コーヒーをまったく味わっていないことに気が付きます。ひどいときはコーヒーを飲んだことすら忘れてしまうことも。でも、本を読みながら飲むコーヒーだと、おいしいなと感じます。おそらく「速さ」を求めるパソコンの時間に対して、読書はじっくり、ゆっくりと時間を過ごせるから、本とコーヒーは相性がいいのでしょう。
カフェで読むなら小さな文庫本、一編一編が短いエッセイが読みやすいかもしれません。本の世界にすっと入ってフフフと和む。
そして、自分のリズムで読み進められるのが安西水丸さんの『青山の青空』なのです。
「恥ずかしい」の哲学に心が晴れる
水丸さんは恥ずかしがり屋です。イラストレーターというカタカナの職業も、スポーツクラブに入会していることも“恥ずかしい”。女性からのプレゼントもおしゃれをすることも恥ずかしい。その気持ち、わかります。
SNS全盛のセルフプロデュースの時代を、水丸さんが生きていたらどんなふうに感じたでしょう。きっと水丸さんの「恥ずかしい」に笑いながら「ま、ふりまわされなくていいかな」と明るい気持ちになれたことでしょう。
水丸さんは、謙虚さのないものが苦手で、さりげなさを好みます。現在の盲点をつかれているようで、読むたびに新しいメガネをかけた気持ちになります。
「ま、ぼくはこんな感じです」と読み手との距離感が心地いい
さわやかなタイトルですが、『青山の青空』はおしゃれなライフスタイル、スタイリッシュな都会への夢や憧れを連ねたものではありません。じゃあ、毒々しいのかと言われると、そんなこともない。
パソコンやスマホ時代の今、ポストカードが届くうれしさを改めて想う『都会のことばはポストカードでつたえたい』や、絵が大好きだった水丸さんの幼少期の『桜の色がいいねーその一言で絵を描きつづけようと思った』に胸を熱くしながら、「わかるなあ」と感じるなつかしさと心地よさ。
共感することが多い作品ですが、それは「同じだ」ではなく「よく似てるなあ」の感覚で、それもまた心地よく感じます。
グイグイくるわけではなく「ま、ぼくはこんな感じです」と読み手との距離感も心地いい『青山の青空』は、コーヒーのおいしさを豊かに感じられる1冊です。
DATA
新潮社|青山の青空(新潮文庫)
著者:安西水丸
発売年:1993/3