アヴェンタドール世代の最後を締めくくるSVJ
時代は新しいクルマを欲していた。創始者から会社の行く末を託された若いエンジニアは、独創的なコンセプトのスポーツカー設計を思いつく。大きくて長い12気筒エンジンをドライバーの背後に積み(=ミドシップ)ながらも、レーシングカーのように後端に向かって全長の伸びるスタイル(=市販車には向かない)としなくてすむ、それは画期的なレイアウトを有していた。大きなトランスミッションをエンジンの前、つまりは室内に向かうように配置し、そこで折り返して駆動系と繋ぐというそれは天才的なアイデアだった。
スタイリングも当代きっての奇才が担当することになった。ワンモーションのなめらかなラインをもつ2ドアミドシップクーペのドアは、ナイフのように持ち上がって開いた。
その名は“クンタッチ”。日本では“カウンタック”とワケの分からぬ発音が定着してしまっている(海外ではまったく通じない)が、そういう例は他にも枚挙にいとまがないので不問に付そう。“クンタッチ”とはイタリア北部の方言で、“おったまげたなぁ”というくらいの意味。できあがったカタチを見た地元のイタリア人が放った言葉がそのまま名前になったとか、ならなかったとか。 それが1970年代の始まりのこと。以降、ランボルギーニといえば“カウンタックらしきもの”という常識ができあがる。つまり、カウンタックが現代に至るランボルギーニのブランドイメージを決定づけた。その証拠に、フラッグシップ後継モデル、ディアブロ、ムルシエラゴ、そしてアヴェンタドールと、すべてが“カウンタック・レイアウト”を採用してきた。そして、ドアは上に開く。シザーズドア(ガルウィングではない)である。 アヴェンタドールの登場は2011年のこと。デザインはもとより、シャシーからパワートレーンまで、すべてを一新しての誕生だった。そのアグレッシブなデザインと当代一級のパフォーマンスとで、たちまちスーパーカーの頂点に君臨する。大人気を博し、すでに9000台近くを生産したといえば、その人気のほどが伺えよう。ちなみに先代にあたるムルシエラゴの生産は10年間で4000台だった。
15年に限定車のアヴェンタドールSVを投入したのち、その知見を元にマイナーチェンジを敢行。16年にアヴェンタドールS(現行型)へと進化を果たす。
そして、デビューから7年が経った18年夏。モントレー・カー・ウィーク随一の人気イベント“ザ・クエイル・モーター・スポーツ・ギャザリング”において、アヴェンタドール世代の最後を締めくくるであろうSVJが、ついにワールドプレミアされた。まずはクーペのみで世界限定900台。加えてスペシャルなボディコーデネーションをまとうSVJ63なる世界63台限定車も用意された。ちなみに63という数字はランボルギーニ社の創立年(=1963年)にちなむ。
出力特性の変更と独自の空力装備
エンジンパワーアップとALAの装備、およびそれに伴うエクステリア変更がアヴェンタドールSVJの注目ポイントだ。 これまでもアヴェンタドール用L539型6.5L V12自然吸気エンジンには、700ps(デビュー時)、720ps(アニヴェルサリオ)、750ps(SV)、740ps(S)という具合に、いくつかのパワーバリエーションが用意されてきた。もっとも、それらは基本的に同じエンジン性能曲線を描いており、高回転域においてより大きなパワーが出るというチューニングが施されていた。ところがSVJ用では、出力もトルクも従来のL539とはまるで違う性能曲線を描く。トルクは2500回転あたりからグンと太くなり、出力も4500回転以上からいっそう高い値を出し始める。最高許容回転数も200回転伸びて、8700rpm(実際には8500rpmでリミッター作動)に。吸排気システムに大幅な変更を加えることで、劇的なパフォーマンスアップを実現したのだった。ちなみに最高出力770psとさらなる軽量化(カーボンエンジンフードなど)により、パワーウェイトレシオは驚愕の2以下=1.98kg/psを達成した。 もうひとつのポイント、アヴェンタドールシリーズに初搭載となったALAはランボルギーニが特許をもつアクティヴ・エアロダイナミクス・システムのことで、ウラカン ペルフォルマンテにおいて初めて採用されたものの進化版だと考えていい。
これは、車速や加減速といった動的状態に応じて車体の前後に装備した電動フラップを動かすことで空力的な負荷を積極的に変化させ、ダウンフォースを高めたり、ドラッグを低くしたりする技術、だ。
ALAオフ、つまり前後のフラップが閉じた状態では、新開発されたウィング形状のデザインどおりの高いダウンフォース(SV比で4割増)を発生させ、高速でのコーナリング性能や制動時の安定性を高めるように働く。
ALAがオンになるとフロントスポイラーのフラップが開き、車両先端における空気抵抗が軽減される。さらにエアがインナーチャネルを通して車体床下へと流され、ボルテックスジェネレータへと導かれて車体後部へ流れでる。同時にリアのフラップも開き、車体上面を流れるエアがウィング内へと導かれ、ウィング後端に複数あるアウトレットから排出させることで乱気流を抑制する。要するに、車体の裏面と上面の両方でエアフローが同時に整流されることで、ドラッグを減らす効果をもたらす。空気のなかをスムースに通り抜けるイメージだ。常に路面に対して同じ姿勢を保ちながら、その距離を縮めたり延ばしたりするため、重心位置の変化を最小限に抑えられるというメリットもある。
もうひとつ、左右のフラップが独立して動くリアには、ウラカン ペルフォルマンテのときと同様にエアロベクタリング機能が備わっている。旋回時に左右のフラップを独立して開閉することで、旋回内側のタイヤにより高いダウンフォースとトラクションを与え、より少ない操舵角で安定したコーナリングを得るという、言わば“空気の力技”。ペルフォルマンテで初めて試したときには、空から神の手で内側を抑えてられているような感覚があった。SVJでは、特にリアのALA効果に関して大幅な知見アップが得られたらしい。事実、内側へのエアロベクタリング効果はペルフォルマンテ比で3割もアップした。進化したシステムを搭載したという意味で、SVJではALA2.0と呼んでいる。
極上のエンジンフィールとエアロベクタリング
アヴェンタドールSVJの国際試乗会はポルトガルのエストリルサーキットで行なわれた。アイルトン・セナがF1GPで初めてポディウムの頂点に立ったサーキットだ。 乗り込んでみれば、インテリアの雰囲気はSVと大きく変わった感じがしない。TFT液晶メーターのデザインが変わって、ALAの作動状況が分かるようになっている。赤いカバーを上げてエンジンスタートボタンを押すと、V12ユニットが轟然と目を覚ました。軽くブリッピングしてみれば、荒々しくも精緻な回転フィールが右足の裏へと伝わってくる。すでに、コーフン状態だ。コースインしてアクセルペダルを踏み込んだ瞬間、車体全体に力が漲った。そのまま蹴飛ばされるように加速する。圧倒的に軽い。それでいてまるで怖くはない。肉体と車体が融合してしまったかのような一体感がある。
あっという間にペースが上がった。モードをコルサ(サーキット)に。ALA2.0の恩恵=“見えざる空からの神の手”を存分に感じつつ、ありあまるパワー&トルクを自在に使うことができる。まるでウラカンサイズのスーパーカーを操っているかのようだ。タイムが速くなっていくのが手に取るように分かる。オンザレール感に終始するものの、思い通りに動かせているという感覚があるから痛快極まりない。
最終コーナーを立ち上がってホームストレートを駆けぬける速度も、260、270、ついには280km/h近くへと、周回を重ねるごとに数字が伸びていった。8000回転以上回したときのパワーのつき具合といい、中速域からもりもり湧き出るトルクフィールといい、すべてを自分の右足裏に確保できているという感覚があった。 メカニカルな重厚感を背負って走る経験こそ、ランボルギーニのフラッグシップにふさわしい。豪快なサウンドに精緻な回転フィールは、高回転型の大排気量12気筒自然吸気エンジンでしか味わえないものだ。おそらく、純粋に自然吸気の12気筒エンジンを積むランボルギーニは、このSVJシリーズが最後となるだろう(次世代はモーターアシストが付くことが決まっている)。世界で千人に満たないオーナーだけが経験できる、それは極上のエンジンフィールであった。