聴導犬は、身体に障害がある人をサポートする補助犬の1種
聴導犬のお話をする前に、「補助犬」について知っていただきたいと思います。補助犬とは身体に障害のある人をサポートする犬のことを言い、それには「盲導犬」「介助犬」「聴導犬」の3種類があります。
つまり、聴導犬は補助犬の1種であり、聴覚に障害がある人に音を知らせるとともに、必要に応じて音源まで誘導し、その生活をサポートするのが仕事です。
外出時にはマントなどに「聴導犬」と書かれた表示を付けており、この表示を付けている時は「仕事中」の意味があります。
国内での補助犬の実働数は、盲導犬941頭、介助犬68頭、聴導犬67頭/身体障害者補助犬実働頭数(都道府県別)、厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部(2018.9.1現在)より:(c)公益財団法人日本補助犬協会
聴導犬に向く犬は?
盲導犬・介助犬・聴導犬になる犬には、共通して以下のような性格が求められます。- 人に対する愛着があり、人と一緒に何かを楽しむことが好きで、人との生活に積極的に関わろうとする性格。
- 順応性があり、環境の変化に左右されず、いつも自分らしくいられる。
- 集中力や、率先力がある。
聴導犬の場合は、さらに次のような性格要素も求められます。
- 盲導犬や介助犬と違い、指示がなくても自分から仕事を開始できる。
- 飼い主が必要な音に対する率先力がある。
聴導犬はアメリカが発祥の地とされており、聴覚障害をもったある少女が飼っていた犬(教えずとも音を知らせることができた)が基になっているという話や、別の聴覚障害をもった女性が飼っていた犬も音を知らせることができたものの、残念ながら亡くなってしまい、他の犬でもトレーニングをすれば音を知らせてくれるようになるのか?と望んだことが基になっているという話がありますが、どちらにしても1970年半ばに聴導犬育成の試みがスタートしたようです。
日本では1980年代に入ってからのことで、国内初の聴導犬となったのはシェットランド・シープドッグ、身体障害者補助犬法(2002年)が施行され、それに則って初の認定を受けたのは柴犬でした。
その柴犬の聴導犬とユーザーさんには以前お会いしたことがあるのですが、電車の中でも大人しくフセをして、ユーザーさんに寄り添っていた姿が今でも思い出されます。
その後もミックス犬やトイ・プードル、パピヨン、シー・ズー、ラブラドール・レトリーバーなど、サイズには規定がないだけに、様々な犬たちが活躍しています。
聴導犬の仕事
聴導犬は実際にどんな仕事をするのか。その一部を写真で見てみましょう。この他、玄関のチャイムや病院のような受け付けでの呼び鈴、FAXの呼出音、赤ちゃんの泣き声、警報機など、生活をしていく上で必要な様々な音を知らせることができます。
もちろん専門のトレーニングを受けているわけですが、前出のように、聴導犬は指示があってから音を知らせるのではなく、音を探知して自らユーザーさんに知らせるという行動をとるところが他の補助犬とは異なる点であることが写真からもおわかりいただけるでしょう。
聴導犬の誕生からリタイアまで
このような仕事をする聴導犬は、どのように育つのでしょうか。その誕生からリタイアまで、聴導犬の一生を簡単にまとめると、以下のようになります。なお、聴導犬を育成できる団体(第二種社会福祉事業届出団体)は国内に21団体、認定できる団体(厚生労働省の指定法人)は国内に6団体ありますが、以下はお話をお聞かせいただいた公益財団法人日本補助犬協会の場合となります。まず、候補犬となるまでには3つの選抜方法があります。
- 気質や血統、病気のことなどきちんと考えて聴導犬に向く犬を自家繁殖し、生後2ヶ月になるとパピー・ファミリー宅に預けられ、そこで1歳まで過ごす間に、人への信頼感を育み、人との社会生活に必要な基本的マナーやしつけを身につける。
- 動物愛護センターから引き取った犬を適性評価して選抜する。
- 聴覚障害者がすでに飼育している犬を適性評価する。
適性のある犬は、座れ・伏せ・待てなどの基本訓練の他、商業施設や乗り物などに慣らすための社会化訓練、ユーザーが必要とする音を知らせる聴導動作訓練を約10ヶ月行う。
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ユーザーと候補犬との合同訓練へ。犬の飼育方法や基本訓練、聴導動作訓練を約10日間訓練する。
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認定試験を受ける。認定団体は厚生労働省の指定法人。(*介助犬も聴導犬と同様だが、盲導犬の場合は国家公安委員会の指定法人となる)
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合格するとユーザーとの生活が始まる。最初の1年間は、様々な経験をしながら互いの信頼関係を築いていくもっとも大切な期間。聴導犬としておおむね2歳~10歳まで8年間活動する。
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10歳を過ぎると引退となり、ボランティア宅/一般家庭/元パピー・ファミリー宅/引き続きユーザー宅、のいずれかで余生を過ごす。
聴導犬の育成費用
特に聴導犬を最初から育成する場合は、盲導犬や介助犬と同じく、1頭300万円以上の育成費用がかかるとか。その多くを寄付と募金に頼っているため、財政基盤が思ったようには安定せず、聴導犬を含む補助犬の数はもとより、それに関わるスタッフの数もなかなか増やせないというのが現実で、それが大きな悩みでもあり、課題でもあるそうです。公益財団法人日本補助犬協会の安杖さんは、「だからこそ、一人でも多くの方に聴導犬や介助犬、盲導犬といった補助犬についてもっと知っていただきたいです」とおっしゃいます。
聴導犬を希望するには
公益財団法人日本補助犬協会の場合、まずは同協会に申し込みをし、面接の結果、聴導犬の使用が適当であると判断されれば、希望者の性格や体格、生活環境などを考慮して候補犬を選びます。ユーザーとなる人がもともと飼育していた犬を聴導犬にしたい場合は、その犬の適性評価を行い、聴導犬に向くと判断された場合に候補犬として選抜するそうです。その後、犬との合同訓練を行い、認定試験に合格すると、晴れて聴導犬ユーザーになることができます。
そうなるためには次のような条件もあります。
- 18歳以上であり、身体障害者手帳をもっていること。
- 候補犬との約10日間にわたる合同訓練が行えること。
- 愛情をもって聴導犬を飼育できる人。
飼育費用は自己負担となりますが、聴導犬は無償貸与(ユーザーとなる人がもともと飼育していた犬の場合は除く)されます。
聴導犬に出会った時には
では、町中で聴導犬を連れたユーザーさんと出会った時、私たちはどんな点に気をつけたらいいのか、安杖さんに教えていただきました。
知っておいていただきたいのは、身体障害者補助犬法(2002年)という法律があり、「国や地方公共団体、公共交通機関、不特定多数の人が利用する施設などを身体障害者が利用する際、補助犬の同伴を拒んではならない」となっていること(従業員50人未満の民間企業や民間住宅などでは努力義務)。つまり、公共施設や交通機関、病院、宿泊施設、飲食店、デパートやショッピングモール、スーパーマーケットなど、様々な場所で補助犬の受け入れが義務化されているということです。
また、障害者差別解消法(2016年)では、補助犬の同伴を拒否することは差別にあたるとしています。
「しかし、これらの法律がまだまだ浸透しきらず、いまだに入店・乗車拒否はなくなりません。加えて、盲導犬はOKでも介助犬や聴導犬は同じ補助犬であるのに断られてしまうことがあるのもたいへん残念なことです」と安杖さん。
そのような時、ユーザーさんはどう感じるものなのでしょう?
「視覚障害者の白杖と同じように、障害のある人にとって聴導犬や介助犬、盲導犬といったそれぞれの補助犬は生活に欠かせないものであり、それを拒否されると、まるで自分自身を拒否されたように感じてしまいます。拒否する側は犬を拒否しているつもりなのでしょうが、そうではないということを理解していただきたいと思います」と、ご自身も介助犬と生活を共にする安杖さんはおっしゃいます。
また、仕事中の補助犬に対しては、「勝手に触る」「じっと見つめる」「話しかける」「勝手に食べ物や水を与える」などの行為はNG。温かく見守って欲しいとのことです。
しかし、そうは言っても補助犬を連れていれば100%安全で、何も困ることはないというわけでもありません。これは盲導犬でのケースですが、2016年にユーザーさんが駅のホームから転落して亡くなるという悲しい事故もありました。
一般の人は聴導犬をはじめ補助犬のユーザーさんに対して声がけを躊躇してしまいがちです。ところが、それが事故につながる場合もあると安杖さんはおっしゃいます。
「少しでも危険であったり、困っていたりする様子が見られた時には、ユーザーさんに声がけをお願いします」とのこと。
その際、ユーザーさんが自分に話しかけられていると気づかないこともあるので、聴導犬のユーザーさんであれば正面に立ち、はっきり口を開けて話しかける(口話がわかる人もいる)、筆談や手話を使うなどするといいそうです。
2020年オリンピック・パラリンピックに向けて補助犬環境の改善を
このように補助犬環境はまだまだという中、2020年にはオリンピック・パラリンピックを控え、海外から多くの補助犬ユーザーさんたちも多く訪れるであろうことが予想されるため、補助犬環境の改善が急がれています。
たとえば、オリパラ競技大会の組織委員会で設立されたアクセシビリティ協議会によって、駅から競技場までのアクセスや、バリアフリーは十分か、補助犬同伴の場合の対応(補助犬用のトイレを含む)はどうかなど要所要所をチェックし、必要と思われるものは改善される他、子どもたちへ向けた補助犬セミナーの開催(東京都内の小学校)、関連企業団体への啓発およびシンポジウムの開催、キャンペーンやPR活動などが熱心に行われています。
これらはなにもオリパラだけのためというわけではありません。その先の未来にある補助犬環境が少しでも明るくなるようにという願いも込められているのです。
安杖さんはこうおっしゃいます。
「補助犬がユーザーを助けているイメージがあるかもしれませんが、障害をもちながらも一日の犬の世話をするのはユーザー自身です。ともに暮らす中で、犬もそれを敏感に感じとっているように思いますし、お互いに支え合いながら絆が生まれ、まさに家族のような存在になります」
私たちが愛犬を想うように、ユーザーさんたちも愛犬となった補助犬たちを想う。そんな彼らとユーザーさんたちが少しでも暮らしやすい社会になるには、私たち一人一人がもっと補助犬のことを知ることが第一歩なのではないでしょうか。
取材協力・資料提供:
公益財団法人 日本補助犬協会
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