義父の性的虐待、母のネグレクト
重い過去を背負って、懸命に生きる女性に話を聞いた
「重い過去を背負って仕事を掛け持ちしながらがんばっている女性がいる」
知り合いから、そんな女性を紹介してもらった。ケイコさん(34歳)がその人。現在、コンビニとスナックのアルバイトというダブルワークをこなしている。30歳過ぎて初めて恋をしたが、その恋も破局したばかりだという。それでも実際に会ったケイコさんは笑顔だった。
「やっと立ち直りつつあるところです。まあ、私にとっては初恋だったから、ダメでもともと。今度はもうちょっとうまくいくよう、もう一度がんばってみようかなと思ってます」
ケイコさんはこれまで壮絶な人生を送ってきた。北の街で生まれたが、父の顔は知らない。母ひとり子ひとりの生活の中で、母にかわいがられた記憶はない。
「でも、殴られたりした記憶もありません。どちらかというとネグレクト状態だった。ときどき帰ってこないこともあって。幼稚園にも行ってなかったから、自分で冷蔵庫を開けて食べられそうなものを食べていました」
小学校に入って給食があるのを知り、うれしくてたまらなかったという。そしてちょうどそのころ、「いつの間にか知らない男が家にいる」という事態に。
「この男、まじめに働いてはいたみたいだけど、母の目を盗んでは私の体を触ったりするんです。いやだったけど私が騒ぐと母に迷惑がかかることが本能的にわかっていた。子どもってそうやって我慢しちゃうんですよね」
義父とは言いたくないとケイコさんは言う。“その男”の行為はエスカレートしていった。
「指を入れられたり、胸を舐められたり。まだ小学校低学年だったので行為の意味はわからず、ただ気持ちが悪かった。あるとき、母にその現場を見られたんです。母は怒り狂って男を追い出しました。ほっとしたと同時に、今度は母からの虐待が始まって……」
母は、「おまえが男を誘ったんだろう」「おまえみたいな女はクズだ」と幼い娘をなじるようになった。
中学で母が失踪し、誰も知らない街でひとり……
相変わらずの毎日が続き、ケイコさんが中学3年生の頃、事件が起こる。「夏休みに母が失踪しました。ある日ぷいっと出て行って、それ以来ずっと家に帰ってこなかった。だけど、それを周囲に言ったら学校に通えなくなるかもしれない。誰にも言わずに、なんとか中学を卒業しました」
その後、彼女は年齢を偽って住み込みのアルバイトをしながら、住む場所を転々とする。とうとう東京へたどり着いた。18歳になったケイコさんは、誰も知らない街でゼロから人生をやり直そうと決意した。水商売で働きながら、通信制の高校に進学。
「ただ、私やはり男性が怖かったんですよね。水商売なのに男性をうまくあしらうこともできなくて、お店を転々としました。食べていくのがやっとの生活でした」
それでも時間をかけえれば、人と接していけると少しずつわかるようになっていった。“あの男”の影響で、男性も恋愛も自分から遠ざけていたが、お店の客に女性のカウンセラーがいてずいぶん話を聞いてもらったという。それでも恋には踏み込めなかった。口説いてくる男がいると体が固まる。そして、居づらくなると黙って店を辞めてしまうこともあった。
31歳で生まれて初めての恋
10代から水商売の世界へ……初めての恋は
そんな彼女に春が訪れたのは31歳になる直前だった。当時働いていた店に来ていた3歳年上の男性と恋に落ちたのだ。
「生まれて初めて、この人が好きだと思えた。私の身の上を、何もかもわかった上でつきあってくれたんです。彼が店を辞めてほしいと言ったので、夜の店も辞めました。それで1年くらいつきあった頃だったかな」
交際は順調で、結婚の話も持ち上がっていた。彼と結婚して、ごく普通の家庭を営む夢をみた。だが、彼の両親は結婚に反対だった。
「中学しか出ていないオンナはダメだ、中卒で水商売していたなんてとんでもない……と親が大反対してるって。通信制ですけど私、高校は出ているし、通信制大学でも勉強しているんですけどね。それを正直に伝えてくる彼もどうなんだろう。もうその時点でダメだなと思いました。結局、そういう偏見でしか人を見られないところで彼も育ってきたわけだし」
彼は「結婚を親に許してもらえるようにふたりでがんばろう」と言ったが、「自分は許してもらわなければいけない存在なのか」とケイコさんはさらに絶望した。
「結局、私から彼に別れを告げました。彼は泣いていたけど、どこかほっとしていたようにも見えましたね」
人間なんて信用できない。そう思った瞬間だった。
どん底の中、母の死と過去の呪縛に向き合った彼女は……
火葬し、遺骨となった母とまた2人きりに。
そんなとき、警察から連絡があった。行方不明になっていた母が、遠方の施設で亡くなったという報せだった。あれから20年近く、どこでどうしていたのかまったく知らなかったが、彼女は亡くなった母を荼毘に付した。
「今さら生まれ故郷にも帰れないので、母の遺骨は私の部屋にあります。だけどどうやら死んでも相性が悪いみたいで、夜な夜なあの罵声を思い出すんですよ。早くどこかお寺にでも預けたいなと思っています」
言葉とは裏腹に、ケイコさんの表情は穏やかだった。今になってみると、母のつらさもわかるような気がするとぽつりと言った。
「誰も頼ることさえできず、女手ひとりで子どもを育て、男に裏切られ……当時は私もつらかったけれど、母も母で精神的に限界だったんだろうなって。そう思うと、初めての恋がダメだったからといって、人間不信になっている場合でもないかと考え直したんです。今は結婚への憧れはないし、子どもがほしいとも思わないけど、何か自分で満足できる人生を探っていきたい。そのためにも、自分を閉ざしていてはいけないんだろうなと感じています」
彼女は自力で母の呪縛、過去の呪縛から解放されたのではないだろうか。