健康配慮のあり方を「見える化」
誰もが健康に長く暮らしたいものです。そんな思いを反映し、「健康配慮住宅」などというフレーズが使われるなど、住まいづくりにおいては健康は長く重要なトレンドになってきました。しかし、健康配慮の仕様などがどのように健康に寄与するのかについては、これまで経験則で語られることが多かったように思われます。違う表現をすると、健康への貢献度合いが数値などの科学的根拠(エビデンス)で示されることが少なかったということです。近年、エビデンスに迫る事例が、「スマートウェルネス住宅」というかたちでいくつか事例が見られるようになってきました。まず用語としてのスマートウェルネス住宅について。「スマート」とは「賢い」という意味です。ですので、スマートハウスは「賢い住宅」という意味になりますが、一般的には「省エネルギーの面で先進的な住宅」という使われ方をしています。
「ウェルネス」は「健康」という意味。ですので、スマートウェルネス住宅は「省エネルギー性に優れ、かつ健康への配慮も行われている住まい」というようなイメージをもっていただけると良いでしょう。
また、スマートハウスの分野では、HEMS(ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)を通じて、使用電力や太陽光発電システムなどによる発電電力など、住宅のエネルギー状況の「見える化」が行われてきました。
「見える化」は、PCやタブレットなどの画面に、住宅の省エネや経済性の状況を数値などで分かりやすく表示するもの。私たちは、それを参考に数値の改善を図るべく生活スタイルを改めることができるわけです。
このような「見える化」を健康配慮住宅の世界に適用しようというのも、スマートウェルネス住宅の考え方の一つです。住宅になにがしかの工夫をすることで健康への影響がどのように現れるのか、つまり科学的根拠を示そうということです。
断熱改修が健康に与える具体的な好影響とは
さて、国土交通省は平成26年度(2014年度)から「スマートウェルネス住宅等推進事業」を実施しています。その支援を受ける一般社団法人・日本サステナブル建築協会は、「住宅の断熱化が居住者の健康に与える影響を検証する調査」の第2回中間報告を発表しています。これはスマートウェルネス住宅のエビデンスを追求する取り組み事例といえます。詳しい内容は割愛しますが、簡単にいうと断熱リフォームを施した住宅のユーザー約2300人を対象に調査したもので、以下のようなことが「得られつつある知見」としてあがっています。
(1)起床時の室温の低下による血圧上昇への影響は、高齢者ほど大きい
(2)室温の低い家に住む人ほど、起床時の血圧が高血圧となる確率が高い
(3)室温の低い家に住む人ほど、動脈硬化指数と心電図異常所見が有意に多い
(4)断熱改修後に起床時の血圧が有意に低下
(5)就寝前の室温が低いほど、夜間頻尿リスクが有意に高い
(6)断熱改修後に夜間頻尿回数が有意に減少
このうち、(1)については「平均的な男性の場合、冬季における起床時の居間室温が20℃から10℃に下がると、血圧が30歳では4.5mmHg、60歳では8.5mmHg、 80歳では11.2mmHg高くなることがわかった。起床時の居間室温を平均2.5℃暖かくできたと仮定した場合、40~89歳の起床時収縮期血圧が平均1.8mmHg低下すると推計される」(図1)としています。
難しいことはさておき、以前は経験や理論で語られていた住まいの断熱化に、ちゃんと健康に対する良い影響がある、ということが数値として、具体的に確認されつつあることをご理解いただければと思います。
断熱改修の効果をシミュレーション
以上は、国の取り組みですが、住宅事業者でも住まいの断熱性向上がユーザーの健康に好影響を与えることを、具体的に提示することに取り組み始めています。ミサワホームのリフォーム提案「カラダとココロのウェルネスリフォーム」はその一つです。これは、建物の断熱性能の向上や屋内空気環境の改善、光・音環境、プランニングの工夫などについて、それぞれ健康に関するこれまでの研究成果をもとに、身体的・精神的の両面で健康な生活が送れることを、提案の段階で分かりやすく整理したものです。
この中で、断熱リフォームにより室内温熱環境がどの程度改善するかを数値化できるシミュレーションツール「あたたかウェルネスリフォームなび」(図2)も開発し、提案に役立てています。
これは、総合評価のほか、LDKや寝室など空間ごとの評価や、起床時・入浴時・就寝時の各場面で室温がどの程度下がるかなど、断熱改修前後のにどのような居住環境になるかを数値で示すものです。
科学的根拠からシックハウス症候群への対策探る
ところで、健康という部分では空気の質、いわゆるシックハウス症候群に対する取り組みも注目されるべきです。この分野では、千葉大学予防医学センターとともに研究開発を進めてきた積水ハウスが、エビデンスに基づいた取り組みを行っています。既に、積水ハウスは2011年にはその研究成果の一つとして、ホルムアルデヒドなど五つの化学物質について国の指針値の2分の1とした空気環境配慮仕様「エアキス」を発売しています。
2017年4月には同センター内に「健やか住環境創造のためのシックハウス症候群対策研究部門」を設立。滞在評価実験が可能な実証実験住宅を千葉大学柏の葉キャンパス内に建設し、さらに研究を推進しています。
その実証実験住宅は、エアキス仕様(軽量鉄骨造)と一般的な木造住宅の仕様の2棟からなり、大きさと間取りは同じ。成人、子ども、 アレルギー既往歴のある人など多様な対象者による滞在評価実験を実施しています。
空気質とシックハウス症候群などの症状との関係、アレルギーの増悪、顕在化の有無や程度について検証するものです。予防法確立のため、神経学、免疫学、心理学、代謝学の観点から発生メカニズムの研究調査も行っています。
これらの成果から、低TVOC(総化学物質量)建材データベースを構築し、医療従事者の視点から居住空間の空気環境に関する相談者への 建材の使用や施工提案ができるコンサルティングのあり方も検討するといいます。
ちょっと難しい内容になってしまいましたが、つまり、千葉大学予防医学センターが行う研究で細やかなデータを取り、それを科学的根拠としてシックハウスの患者の症状改善に役立てようというものです。
シックハウス症候群については、特に子どもへの影響が大きく、かつ専門医が少ないため原因が特定されづらいなどの問題もあるため、このような取り組みが必要となっているわけです。
街づくりにも広がるスマートウェルネス
最後に、街づくりにもスマートウェルネスの動きが広がっていることをご紹介します。現在、「スマートウェルネスタウン」という名称の街づくりが、国内数ヵ所で進んでいます。茨城県つくば市にある「ウェルネスシティつくば桜」(茨城県つくば市)はその一つです。特徴的なのが「歩きたくなる健康なまちづくり」を開発テーマとしていること。約6ヘクタールの敷地を囲む約1kmのランニングコースがあり、ランニングや散歩をしやすいようにゴムチップで舗装整備されています。
また、分譲地の中への車の進入口は2ヵ所に限定され、車道もスピードを抑制する工夫が行われ、さらに歩行者専用道路も用意されているため、ウォーキングやランニングをしやすい環境となっています。
このほか、定期的にイベントが開催されるなど、住民交流の仕掛けもあるなど、街ぐるみで住民が健康で長生きできるように工夫しているわけです。
正確にはこれらの取り組みがどの程度、住民の健康に影響を与えているのかはまだはっきりとしていない状況です。しかし今、住まいや暮らしの分野において健康というテーマがどのような位置づけにあるのか、この分譲地がよく示しているといえそうです。
新築、リフォーム、分譲住宅を問わず、健康配慮のある住まいというトレンドに対して、事業者がどのような取り組みをしているのかをチェックすることで、より良い住宅取得ができるのではないかと思われます。