心臓にがん・悪性腫瘍が発生しにくい科学的理由は?
「心臓がん」という言葉は聞き慣れないと思いますが、実際に心臓に腫瘍ができることはほとんどありません。その理由とは?
そもそもがんとは何か・がん発生のメカニズム
がんというのは、体の「表面」の細胞が悪性化してできるものです。この場合の「表面」というのは、目に見える皮膚だけを指すものではありません。体の中にある管(くだ)、例えば胃腸や肺などもそれぞれ管によって外界と繋がっているため体の「表面」と考えます。そしてこれらの臓器には、しばしばがんが発生します。要は、体の「表面」にあるために他の刺激を受けやすく、擦れて表面が剥がれたり傷ついたりしやすいのです。そのため、どんどん新たな細胞を作って補っていく必要があります。細胞を新しく補う過程は、既存の細胞をコピーして増やしていくとイメージしてください。その際、時々「コピーミス」が起こり、正常ではない変な細胞ができてしまうことがあります。これらのうまく複製できなかった細胞の中にあるのが「がん細胞」です。
一方、体の表面ではなく奥の方にある細胞が悪性化してできる腫瘍を「肉腫」と呼びます。大きくなって周囲を圧迫したり転移して体のあちこちを壊したりする点では、肉腫もがんと同じです。一般の方々には肉腫もがんのうちという認識の方が多いように思いますが、いずれも命を脅かす悪性のものに変わりありませんから、学術的な違いはあれど、イメージとしては同じ扱いで良いと思います。
心臓がん・心臓悪性腫瘍が少ない4つの理由
それでは上記の基本知識に沿って、心臓にがんが発生しにくい理由を考えてみましょう。1. 心臓は身体の表面にはないため
まず第一に、心臓が身体の表面にはないということが挙げられます。心臓には、胃腸における消化管のように中が空の管は通っていませんし、肺のように外界と接する表面もありません。がんが極めて少ないのは、まずこのためです。
その代わりに奥の方にある細胞からできる「肉腫」は、心臓においてもわずかながら発生することがあります。しかしがんと肉腫をあわせても、心臓から発生する悪性腫瘍は極めて少ないのです。その原因として以下のことが考えられます。
2. 心筋はあまり増えずコピー回数が少ないため
心臓の細胞のうち、「心筋」と呼ばれる筋肉はあまり増えません。増えないものはコピー回数も少なく済むため、コピーミスの可能性も少なく、結果として悪性化しにくくなるのです。そうはいっても、少数ながら心筋細胞をコピーして造る機能はあるため、悪性化する可能性がゼロではありません。
3. 心臓の温度が高いため
心臓は体の奥に位置しており、保温性の良い環境にあります。熱を発生する肝臓のすぐ隣にあることからも温度が高い臓器です。普通私たちの体温は腋窩つまり脇の下で測定しますが、心臓の温度はそれより1度前後高いのです。悪性の細胞は高温に弱いため、心臓には悪性細胞が一層生まれにくく、また悪性の細胞が血流に乗って他臓器から流れて来ても心臓に定着、つまり転移することが少ないと考えられます。
4. 心臓が作るANPなどのホルモンの作用のため
心臓はANP(心房性ナトリウム利尿ホルモン)などのホルモンを作っており、これが悪性細胞を抑える作用を持つため、悪性細胞ができにくく、また転移もしにくいと考えられています。
こうした心臓独自の特徴のおかげで、心臓には悪性腫瘍が少ないものと考えられています。
心臓悪性腫瘍のリスク……全身への影響と手術の難しさ
そして数少ないながら、万が一心臓悪性腫瘍が発生してしまった場合、状況はやや深刻と考えなくてはなりません。心臓は全身への血液ポンプの役割を担っているため、悪性腫瘍が発生すれば、その悪性細胞が間もなく全身に流れていってしまう恐れがあるためです。また心臓は一刻も休ませることのできない重要な臓器ですので、悪性だからといって徹底的に切除することができない場合もあります。ここに心臓の悪性腫瘍の怖さがあるのです。
心臓に一番多いのは良性腫瘍の「粘液腫」
ちなみに心臓腫瘍のほとんどは「粘液腫」と呼ばれる良性腫瘍です。ただし時に悪性の挙動を示すことがあり注意が必要です。特に30歳以下のお若い年齢での粘液腫は早期の完全切除手術と丁寧な経過観察が必要です。また、粘液腫が悪性化しない場合でも、粘液腫はちぎれやすく、ちぎれた破片が脳血管を詰まらせて脳梗塞を起こす原因になりやすいというリスクもあります。そのため早期に手術で治すことが安全です。