現在の敷地は、120坪の区画を3分割して売り出された土地で、前面道路に面した四角い土地と、その背後にある東西に振り分けられた旗竿状の土地という条件でした。Oさんご夫妻は、背後に梅園があることと2階からの多摩川の眺望を期待して、西側の旗竿状の土地を選ばれました。廣部さんも、静かな住環境になることを想像して、Oさんご夫妻に薦めました。
背後に梅園が控える旗竿敷地の家
切妻屋根のシンプルな外観。外壁は樹脂左官仕上げ。前面道路から玄関まで続く階段状のアプローチには、前庭として様々な植物を植えられシンボルツリーのシラカシが出迎える。 |
母屋の外壁と同素材で仕上げたアプローチの入口。郵便受けとインターホンがさりげなく組み込まれている。 |
玄関ポーチからアプローチを見返す。足元はスレート石張り。前面道路との奥行きは約13.5m、高低差は約3.5m。 |
玄関は収納の茶色、内壁のベージュ、足元のスレート石のグレーという落ち着きのあるシックな色調でまとめられている。 |
緩やかに傾斜する前面道路から伸びる階段状のアプローチをゆっくり昇っていくと、やがて庇が架かった玄関にたどりつきます。
一見シンプルな印象の建物ですが、旗竿敷地のため約40坪ある敷地のわりに実際に母屋を建てられる面積は広くなく、場所も北側に限られる。さらに風致地区のため建物のセットバックが義務づけられ、高度斜線もかかるという、平面的にも立体的にも厳しい制限がある中で建てられた家なのです。
生け垣に囲まれたプライバシーの高い「下の部屋」
Oさんご夫妻が廣部さんに望んだのが「自分たちの居場所を、時間帯や気候、気分に合わせて変えていきたい。」ということでした。
1階にはキッチンセットとダイニングテーブルがあるので、ワンルームのLDKと言えるのですが、廣部さんはお二人の希望を踏まえて「下の部屋」と名づけて設計を進めたそうです。
1階は世田谷の風致条例をクリアすると共に、プライバシーの確保を兼ねて廻りをシラカシの生け垣で囲っています。これは隣接するマンションの殺風景な外壁の目隠しになっています。
空に開き見通しの良い「上の部屋」
書斎コーナーから北東側を見る。螺旋階段の上の天窓から外光が入り込む。 |
北西側に開いた窓から隣の梅園を見る。天井には和紙が貼られている。 |
西側に以前から愛用の書斎机と化粧台が置かれている。 |
南西側の書斎コーナーを見る。正面の窓からアプローチを見下ろすことが出来る。 |
もうひとつお二人が望まれたのは「ベッドは置かずに気分で寝る場所を決めたい。」ということでした。そこで、2階には小さな机と化粧台以外は何も置かれていません。
普段はここに布団を敷いてお休みになりますが、夏の暑い日には1階に寝る事もあるそうです。また、北西側の窓からは日常的に隣の緑を目にする事が出来、多摩川まで視線が抜けます。夏には隣のマンションの屋根越しに、多摩川に上がる花火を楽しんでおられます。
さらに晴れた日には遠く富士山を望む事もできます。そのために1階の天井高を通常より高くして、2階の床レベルを上げたのです。
大人の落ち着きを演出したキッチン
手前と奥に平行に配されたキッチンカウンター。カウンターのトップは自然石。手前はキッチン家電の収納を兼ねている。 |
キッチンの奥に控えるパントリーには、以前からお使いの食器棚が置かれている。 |
洗面室とバスルームはガラスで仕切る事で一体感を演出している。 |
バスタブはお湯の冷めにくいホーロー製。壁のタイルの目地は、窓枠の中心を基準にシンメトリーになるようにレイアウトされているところがユニーク。 |
1階の北東側はダイニングとキッチンです。レンジとシンクの付いたカウンターの前は、モノトーンのボーダータイルが貼られ、黒い天然石のカウンターと相まって、落ち着いた分に木を演出しています。
建築家の廣部さんはこの家に「由居庵」と名付けました。これは建て主が「自由に居場所を決めながら過せる場所」という意味を込めたネーミングです。隣地の緑を眺めながら好きな場所でゆったりと日常を営むOさんご夫妻にとって、動きがあり、空に開かれ、使い方に高い自由度があるこの建物は、まさに理想的な住まいなのです。
[由居庵(ゆいあん)]
廣部剛司[廣部剛司建築研究所]プロフィール
日本大学海洋建築工学科を卒業して、7年間に渡り日本の建築界の重鎮、故芦原義信氏の薫陶を受けて1999年に独立。以来、陰影に富んだ落ち着いた作風の住宅を16軒生み出してきました。また無類の音楽好きとしても知られギターの腕はプロ並み。奥様もプロのピアニストという音楽一家。自作の建築にも音楽を感じさせる意匠が数多くちりばめられています。廣部剛司建築研究所
廣部剛司 [Hirobe Takeshi]
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