進化と改良を重ねるフラッグシップGT
マセラティは、ブランドが誕生して100年以上の歴史を持つ、真のラグジュアリー・イタリアンブランドだ。そんなマセラティのフラッグシップは、1947年に登場したA6 1500以来、多くの時代を通じてGTクーペがその役を担ってきた。マセラティによるGTの定義は、妥協なき4人乗りモデルであり、洗練されたパワーパフォーマンスと妥協なきラグジュアリィの融合を目指した存在、である。ブランド史上、代表的なモデルでいえば、3500GT(1957年)や初代ギブリ(1967年)などを挙げることができるだろう。ブランドのハロー(HALO)モデルというべき現行フラッグシップ車は、07年に登場したピニンファリーナデザインによる大型4シータークーペの“グラントゥーリズモ”だ。09 年には4シーターフルオープンの“グランカブリオ”を、10年には高性能仕様のMCストラダーレを追加投入するなど、進化と改良を重ね、モデルライフも十年を超えてきた。
マラネッロ謹製、大排気量NAエンジンはそのままに
そろそろいつモデルチェンジがあってもおかしくないぞ、と思っていたら、恐らくは最後となるであろう、マイナーチェンジが施された。マイチェンとは言いつつも、目に見える変更点は、“エクステリアデザインのブラッシュアップ”だけだ。数々の名車を生み出したイタリアの名門カロッツェリア、ピニンファリーナによる基本シルエットはそのままに、マセラティの社内デザインチームが、これまでとは“ちょっと違う”雰囲気に仕立て上げた。クーペ、カブリオレそれぞれに2種類のデザインテイスト、つまり“スポーツ”と“MC”を用意するが、両者を素早く見分けるポイントは少ない。ダクト付きのカーボン製フロントフードをもち、フロントフェンダーエンドにもエアベントを備えるのがMCだ。
個人的には、そんな見かけの“ちょっと変更された”話よりも、むしろ、 “大きく変わらなかった”、あることの方が驚くべきニュースだった。
大きく変わらなかったものは、何だったか。
それはずばり、エンジン。
これまでのグラントゥーリズモ・シリーズには、デビュー以来、4.2Lもしくは4.7Lの、マラネッロ(フェラーリ)製V8自然吸気エンジンが積まれてきた。大排気量NAエンジンによる高回転型の官能フィールとその劇的なエグゾーストノートこそが、ピニンファリーナ・スタイリングと並ぶ、グラントゥーリズモ&カブリオ最大の魅力だった。
モデルライフ十年以上を経て尚、マイナーチェンジしたと聞いて、真っ先に頭に思い浮かんだのは、このタイミングでデザイン変更を伴う割と大掛かりなマイチェンを実施する以上、最低でもダウンサイジングターボエンジンくらいは搭載してくるだろう、という推測だった。
どうしてかというと、ギブリやクワトロポルテといった4ドアの兄妹モデルはもちろん、従姉妹にあたるフェラーリ・カリフォルニアまでもが、今では排気量減、もしくは気筒数減のダウンサイジングターボエンジンを積んでいる。そうすることで、ユーザーが望むいっそうの高性能化と社会的要請である環境性能を両立するという姿勢が、いうまでもなく、世界のトレンドだからだ。
当然、グラントゥーリズモ後継の次世代フラッグシップクーペは、そうした世界の流れに沿ってくるはず。だとすれば、現行型において、ひとまずは先に最新トレンドのダウンサイジング・パワートレインを積んでおき、マーケットの反応を伺う、というのが、常套手段だろうと考えたのだった。
ところが……。
ふたを開けてみれば、なんと、排気量こそ4.7L一本に絞られていたものの、V8自然吸気エンジンをそのまま積んでいる、というではないか!
そんなのもう時代遅れなんじゃない? 、なんていう口さがない批判も甘んじて受けいれつつ、マラネッロ謹製エンジンを楽しむ最後のチャンスをクルマ好きに与えてくれた、と、感謝するべきかもしれない。
ほぼ変わらぬドライブフィール。GTこそが真骨頂
見た目では特にフロントバンパーまわりのデザインが以前と大きく変わっている。以前のほうが格好いい、と思った方は、ナカミにさほど変更はないので、旧型を探してみるのもいいだろう。新型ではエクステリアの小変更によって空力が向上した、というが、体感できるレベルではなかったので、純粋に形の好みで判断すればいい。前述したように、クーペとオープンそれぞれに、スポーツとMCというふたつのグレードをおく。いずれもパワートレインこそ同じだが、よりスポーティ志向の強いMCと、よりGT性能にこだわってスカイフックサスペンションを継続使用したスポーツ、というふうに、個性を仕分けた。
機能面においてはナビなどインフォテイメントシステムが変わった(大きなモニターが追加されたので、そのまわりのインテリアも少しデザイン変更されている)こととエアロダイナミクス数値が向上したというだけで、基本的なドライブフィールは以前とほとんど変わらない。つまりは、よくできた、GT。
前後重量配分49:51が、バランスの取れたライドフィールを生む。相変わらず派手で心躍るエグゾーストノートを奏でながら、胸の空く走りをみせた。大柄であるにも関わらず適度に俊敏なハンドリングと、スポーツモードにおけるキレ味鋭い変速フィールもさることながら、やっぱりこのクルマの真骨頂は、グランドツーリング=GT性能にこそある。
速度を上げれば上げるほどにしなやかさを増すアシの動きは、未だ世界トップレベルだ。懐が深く洗練された走りに、スポーツカーの成熟をみた。